インストール・ハニー
 楓は、タロウに手を伸ばす。タロウは嫌がりもせず、それを受け入れた。不思議だなぁ。動物もすぐ懐かせちゃって。

 タロウの頭を撫でる楓の手は、どこまでも柔らかそうで、優しかった。そして、それを見ているととても安心する。

「今日、駄菓子屋さん行くまでは? どこに居たの」

「ん? ああ」

 あたしが「戻し忘れた!」って気付くまでの話。1日中、駄菓子屋に居たわけじゃないと思う。まぁ、あたしが悪いのですけど。

「公園に居たよ。青葉に出してもらった公園」

「そこに居たんだ。ごめんね。暑かったでしょう」

 炎天下、本当に悪いことをしてしまった。

「野良猫がたくさん集まってきちゃって、困った」

「あはは」

 思わず笑ってしまった。そっか、動物も分かるんだな。楓の優しさ。

「暑いし、俺も日陰に居たからね。猫達の方が先だったかも」

「楓からも遠隔操作できれば良いのに。そうすればさー……」

 離れていても大丈夫なのに、そう言うところだった。でも、言わない。なぜか、自分で止めていた。

 楓は猫と日除けしてたのか。想像するとほのぼの動画だね。なにやってんだか……。ふと、楓のカップが空だということに気付く。

 もう暑いのに、楓は冷たい紅茶は飲まない。だからあたしも付き合って、汗をかきながら熱い紅茶を飲む。

「紅茶おかわり、入れようか」

 机の上のカップに手を伸ばす。距離が近くなったところで、楓はあたしの頬に触れてきた。

「青葉」

 名前を呼ばれる。それは甘い魔法みたいで、あたしはまた動きを止められる。

「俺を、受け入れて」

 その目も声も、目の前にあって感じられる。受け入れる。こんなに近くに居て、名前を呼ばれて優しく触れて置いて、受け入れてないわけない。

 軽いなー。自分でちょっとそう思う。


 今度は、怒らない。腹は立たない。キャラメルの香りの唇だった。


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