恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
おかしな会話だった。


彼も私も、恵美の思う相手が誰か、ぎりぎりで名前を出すのを躊躇っている。


私が明確に言わないのは、まだ往生際悪く、他の可能性がないかを探したかったからかもしれない。


観念したように、両手を少し掲げた彼。



「…気付いたと思う。あの子にとったら、一番知られたくなかったんだろうけど。特にお前には」



彼が、名前を出さないのは。
恵美の気持ちを、慮ってのことだった。


私は、ぎりぎりと重みを増していく内臓を外側から抑えるようにして、テーブルにゆっくりと突っ伏した。



「笹倉ですか。恵美が好きなのは」

「俺は、あの日居合わせただけで、そう思ったけど。
一番確信を持てるのは、普段のあの子を良く知ってる、美里だろ」



そうだ。
私が一番、気付けるくらい近くにいたのに。



「…う」



じわりと瞼が熱くなる。


ぎゅっと目をつぶれば、溢れてきそうで。
かと言って開いていても今にもテーブルに雫が落ちそうだ。



「おいおいおい。中高生じゃあるまいし。男の取り合いで泣くんじゃねぇよ」



こらえた雫がぱたりと落ちたのは、伏せた頭の後頭部を藤井さんの拳がぽんと叩いた拍子だった。



「取り合いの方がなんぼかマシじゃないですか」


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