恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
それはそうなんだけど。
笹倉本人に聞けない私は、他に聞き所がないわけで。


恵美を見れば、台所で何かしてくれているけど、こちらを気にはしているようで。
一瞬だけ目が合った。


多分、こういう展開を予測して藤井さんを呼んだのだろうなと思う。
一人で産むという私に、もう一度考えさせる為の最後の手段。


「良い友達だな、小うるさいけど」


藤井さんも同じように感じたのか、壁に寄せ積んだダンボールを背に笑った。


「藤井さんと私の性格よくわかってますよね」

「その友達の、気持ちも汲んで。ちゃんと話せ。不倫だったわけじゃなし、何も言わずにというのは早計すぎる」


私はしゃがみこんで、フローリングの床を指で弄りながら言う。


「なんか…今更…ねぇ」

「その今更って、ただの逃げにしか聞こえねぇ。お前らには決定的に言葉が足りねぇ。その口は何のためについてんだ」


その口は、何のため?


以前に一度、聞いた言葉。
だからか一番、胸に染みて涙が滲んだ目で藤井さんを見上げた。



「…お母さん…!」

「誰がだ」



反応は冷たい。


頃合を見計らっていたのか、台所の棚を開いた恵美がこちらにタッパーを片手で振りながら言った。


「みさぁ。このタッパーやたらいっぱいあるけど、全部持ってくの?」

「…あー…全部は、いらないかな」


じゃあ何個か頂戴っていう恵美に、適当に頷きながら。



ああ、そうだ。

あの時のタッパーを、返してもらわなくちゃ、いけないし。
ね。


何か、理由を作らなければ動けない自分に少し笑った。


< 267 / 398 >

この作品をシェア

pagetop