君が好き。~完璧で女嫌いなカレとの恋~
ワイシャツを握る力が強まり、顔を上げるとジッと俺を見つめてきた。


「そう思っていたけど、やっぱり無理だよ...。好きだよ、圭吾ぉー...」


そっと寄り添ってきた瞬間、懐かしい匂い、ぬくもりに胸が苦しくなる。


胸の中で泣きじゃくる奈津美を、思いっきり抱き締めたい自分がいて、だけどその度に菜々子の顔が浮かぶ。


それでも奈津美の背中まで移動していた手に、ぎゅっと力を入れて堪える。


「...確かにその時は奈津美は、そうするしかなかったかもしれない。だけど俺はそれでも頼って欲しかったよ。...俺の力じゃどうすることも出来なかったかもしれないけど、奈津美を支えて、待つことは出来た。...何十年でも、な」


だけど、今の俺には無理だ。


「...藤原の言う通り、俺は菜々子に救われた。初めて弱い自分も見せられる。...どんな俺でも受け入れてくれる大切な人なんだ。...菜々子を悲しませるようなことはしたくない」


奈津美はただ泣くばかりだった。だけど、伝えるのを辞めるわけにはいかない。


「...この10年の間に、一度くらい連絡欲しかったよ。そうしたら、変わってたかもしれない。...だけどもう俺と奈津美は過去なんだよ。...今更戻れるわけないだろ?」


『かもしれない』なんて言葉は何度使っても、未来には繋がらない言葉。

今の俺達にはぴったりな言葉だな


しばらくの間、奈津美はずっと泣いていて。
少しして落ち着いたのか、ゆっくりと離れた


「ごめんね、泣いちゃって」


「いや...」


手で涙を拭い、昔みたいな無邪気な笑顔を見せた。


「ありがとう!はっきり言ってくれて。...それに泣いてすっきりした!」


笑う奈津美は、昔好きだった笑顔そのもので、胸が苦しくなる。


「ねえ、圭吾。最後にこれだけ聞かせてもらえる?」


「あぁ。何?」


「私が圭吾に告白した時のこと、覚えてる?」


「...覚えているよ」


忘れられるはずないだろ?あんな告白されたら。


するとなぜか奈津美は駆け足でまた近付いてきて、そのまま自然と唇に触れるぬくもり。


キスされた。...そう分かったのは奈津美が離れてからで。


「好きって気持ち、初めて知ったのは誰のおかげ?」


昔のように、勝ち気な目で見つめてくる。


だけど、目はまだ赤くて涙を必死に堪えている奈津美。


「...奈津美だよ」


ぐっと気持ちを押さえ込み、声を絞り出すように奈津美の名前を口にする。


「良かった!...圭吾の初めての人が私で良かった!圭吾ー...。絶対に幸せになってね!...絶対に...」


奈津美...。


また奈津美の瞳からは涙が溢れてきた。


「お疲れ様でした!!」

一礼すると奈津美はそのまま駆け出した。


「奈津美っ!」


数歩追いかけて、思い止まる。


何追いかけようとしてるんだよ。...追いかけたって、どうしようもないだろ?

良かったじゃないか。ちゃんと誤解もとけて、伝えたいことも伝えられて。もう、これで完全に過去にすることが出来たじゃないか...。


「なのに何でだよ...」


こんなにも、どうしようもなく悲しい気持ちになるんだよ。意味分からねぇよ...。

もう、いいじゃねぇか。いい加減解放してくれよ。俺には菜々子がいるんだから...。

菜々子を悲しませるようなことはしたくないんだから...。


「くそっ!」


行き場所がない気持ちをぶつけるように、ゴミ箱を蹴っ飛ばす。


ーーーーーーーー

ーーーーー

彼女の存在は、もう過去にできていたのに...。

なんで今更戻ってきちまったんだよ。...どうして今更俺を好きだなんて言うんだよ...。

どんなに泣いたって俺はどうしてやることも出来ないのに...。

頭では整理できているのに、気持ちがついていかなかった。


ーーーーーーー

ーーーー

そんな俺に辞令が出たのは、この数日後だった。



< 351 / 411 >

この作品をシェア

pagetop