オクターブ ~縮まるキョリ~
気分転換をしようと思い立ち、私は散歩がてら近所のコンビニに来ていた。
店内は人の姿もまばらで、店員同士がレジカウンターの中で雑談を交わしていた。
新発売のジュースでも買おうと、冷蔵庫の扉の前で商品を眺めていたところで、
「あれ?樫原?」
声をかけられた。
振り向くとそこには、
「は、春瀬くん!?」
思いもよらない人物が立っていた。
「おっす、久しぶりー。元気?」
春瀬くんは軽く手を挙げる仕草をしてこちらに近付いてくる。
「うん、元気だけど…な、なんで春瀬くんがこんなところに?」
春瀬くんの家は、私の家とは全然違うところにあるはずだ。
詳しい住所までは知らないけど、通学で使う電車が違っていた。
ここに春瀬くんが現れるのは、どう考えても予想がつかないことだった。
「ばーちゃんがこの近所でさ。今日は泊まりに来てんだ。樫原んちはこの辺なの?」
「うん、そうなんだ。歩いてすぐだから、ちょっと散歩がてら…」
言いながら、私は自分の服装に視線を落とす。
適当なジャージに、適当なTシャツに、適当に履いてきたお父さんのサンダル。
考えてみれば、髪だって適当にポンパドールを作って、適当にひとつにまとめただけ。
これ以上ない、適当づくしだ。
こ、こんなめちゃくちゃな格好を春瀬くんに見られてしまった…。
私は急に恥ずかしくなってきて、春瀬くんから顔を背ける。
冷蔵庫のガラス扉には、なんともだらしない格好の私が映っていた。