唇が、覚えてるから
いつも強気で気丈な矢部さんが、主任の前で涙を浮かべながら、唇を噛んでいたのだ。
私が怒られるのはいつものことだから、今ではもう誰も見向きもしないのに、矢部さんが注意を受けているのがよっぽど珍しかったのか、ここにいる誰もが手を止めてそこに注目していた。
「本当に、申し訳ありませんでした……っ」
「矢部さんっ!」
主任の呼ぶ声も無視して、矢部さんは走りだした。
えっ……
何があったの……?