唇が、覚えてるから
「……矢部さん……」
今までお手本の様だった矢部さんにとって、この一回のミスがどれだけ重たいものなのかを考えると心苦しくなった。
きっと、完璧を求めていたはずだから。
「失敗はね……いけないことじゃないよ…?」
それは私が掛けられる、精一杯の言葉だった。
矢部さんはおかしそうにフッと笑う。
「あなたって馬鹿なんじゃないかと思ってたけど、本当に馬鹿だったのね。ミスを正当化するなんてどうかしてる。いけないに決まってるじゃない」
うん。
私達の仕事は、一度のミスが人の命を奪うことだってあり得る。
許されない。
それでも、人間だから。
私は言い返す。
「でもきっとそれは、次の誰かを救うことが出来るはず」
そして、人間だから。