唇が、覚えてるから

「琴羽が出来るのは、その患者さんを信じること」

「……」

「信じてやりたいんだろ?」

「……」

「だったら、琴羽が最後の一人になっても信じてやれよ」

「……」

「琴羽のしたい看護をしてあげればいい」


……。

どうしてそんな簡単なことに気付かなかったんだろう。


そう。

たとえ、それが非現実なことでも。

信じようとする気持が大切なんだ。

難しいことを理解しようとしなくたっていい。

ただ、中山さんを信じればいいの。


見方を変えれば。

中山さんの気持ちに寄り添って考えれば、もっと違う何かが見えてくるかもしれない。


それが、今の私が中山さんに出来る看護なんだ。

私は、私の出来ることを。

信じてあげたいという自分の想いを貫くことこそが、私のやるべきこと。


「……ありがとう」


心の中が、とても軽くなった。

祐樹が背中を押してくれたおかげで、私、一歩踏み出せそうな気がする──

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