①憑き物落とし~『怨炎繋系』~
「ウ…アァ……ア」

 奥から呻き声が聞こえてくる。視界の悪い屋内だが、『風』で炎が揺らいだ瞬間、その奥に瑞町夕浬が横たわっているのを視認できた。

「瑞町さん!」

  僕はその方向へとかけていく。奴は相変わらず僕から距離をとり、様子を伺っているようだった。

 僕は白目を向き、痙攣している、変わり果てた姿の瑞町夕浬に 駆け寄る。全身が焼けただれ、常人なら目を背けたくなるほどに酷い状態だった。すぐにでも病院へ運ばなくてはならない。

 しかし。


「ろろろろっろおろろろろろろろ……」

 コイツの出方がわからない。もし真実を掴んでいるのだとしても、ハッタリがバレたらどう出るかわからない。しかしこのままではすぐ全焼してこの建物は崩壊するだろう。それが狙いなのか? 
 ……とにかく今はここから出なくては。僕が動き出そうとした瞬間だった。


「ロロロロロロロロロロロロロ」


 岡田を襲った時のように、化物は再び獣ような姿勢で僕と瑞町の元へと這いよってくる。瞬きの刹那、もう僕のすぐ目の前には、奴の焼けただれて何もない肉塊だけの顔面がこちらを見つめていた。
 
 それが三日月のような笑みを浮かべたかと思うと、僕の左腕を掴み叫ぶ。途端に腕からは火が上がる。

 黒と緋の交じる禍々 しい炎だった。


「うっ……ぁぁああああああああああああ」


 痛覚を通して、魂そのものまでもが焼かれているかのようだった。みるみる炎は広がり、腕から肩まで登ってくる。

 『終わり』を確信した。


 ――その瞬間だった。


 屋内を、またも一陣の突風が駆け抜ける。
 
 あの時と同じ、『風』。
 
 ほのかに香る線香の臭い。
 
 あの墓の前で聞いたよりも、鮮明にその声は僕の耳に届いた。その言霊は、僕に電流のような閃きをもたらした。


「『二人を助けて。私にはこのくらいしかできないから』」


 ――風が、腕を纏う炎を鎮火させていた。

 浅神箕輪はその声と風と共に、去っていってしまう。ここは彼女の眠る土地。しかし死後墓の下に押さえつけられてきた彼女には、それしかできないのだ。この化物を前にしてできることは少ない。


 それでも、助かった。

 この僅かな時間が、活路を開いてくれた。
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