愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
保険も公的支援も期待できない分、出産にかかる費用は何をどうしても太一郎が工面する必要があった。

そのためなら、食事も睡眠も削れるだけ削る。命すらも削る覚悟だ。

たとえ今、奈那子に宿る命が太一郎の子供でなくとも……。

それは彼が人生をやり直すためにも、決して避けては通れない道だった。


奈那子自身の身体に何かあれば、すぐに救急車を呼ぶように教えてある。

そして、太一郎と丸三日連絡が取れなくなれば……。そのときは助けを求めるようにと、宗の名刺を奈那子に持たせた。


何も無いことを願っている。

だが、郁美はかなり欲の深いタイプだ。藤原から金を引き出せるチャンスを、このまま見逃すとは思えない。


「行って来る。帰りは明日の朝になる」


鈍い音を響かせ、太一郎はアパートの階段を降りる。

彼は人生で初めて背負った“責任”の重さを、痛いほど実感していた。しかも、片足には女郎蜘蛛の吐き出した糸が絡まっている。

ふと見上げれば、奈那子が二階の手すり越し、懸命に手を振っていた。愛情と信頼を詰め込んだ笑顔だ。

太一郎は軽く手を挙げ、微かに覚えた後ろめたさを振り払ったのだった。


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