愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
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「ほら、来いよ!」

「ヤダッ! 放してよ。放してっ」


その声に太一郎の呼吸が一瞬止まった。

――茜の声だ。


今日は珍しく誰も邪魔に来ない。ようやく諦めてくれたのかもしれない。そう思った矢先の出来事だった。

清掃中の男子トイレに、茜は突き飛ばされるように入ってきた。


「なっ! お前、なんでこんなトコに」


和菓子を届けに週一度は来ていると聞いた。だが、商学部辺りに用はないはずである。


「この女、ずっとその辺ウロチョロしてたんだぜ。他の掃除のオバチャンに聞いたんだよなぁ~。やっぱコイツ、お前の女なんだろ?」

「違うって言ってるだろ! おいっ、なんでお前も違うって言わないんだ。バカじゃねぇのか? 俺は、お前を殴って犯そうとしたんだぞ!」

「でも万里子様がおっしゃったわ! “人は変われる”――そうしたら、太一郎は謝ってくれた。ずっと半信半疑だったけど……でも、今の太一郎は別人だものっ! 私も……万里子様みたいに信じたい。信じて……いいんだよね?」


このとき、太一郎は気が付いた。

あの藤原家から澱んだ空気を一掃した万里子の強さに、茜は憧れている。恐怖を抑え、太一郎に近づくことで、茜は万里子のようになりたいのだ。


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