愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
つい先日まで、太一郎は入ったばかりの平社員に過ぎず、彼らの眼中にはなかった。

それが……六日前、太一郎がある光景を目撃したことで状況が変わってしまう。


「びっくりしたわぁ。あなたがまさか、あの藤原のお坊ちゃんだなんて、ね」

「話がそれだけなら……俺はこれで」


軽く頭を下げ、郁美の横をすり抜けようとしたとき、彼女は太一郎の腕を取って言った。


「あたしと等さんのこと、言わなかったんだ。ねぇ、どうして?」


六日前、太一郎は社長夫人と義理の息子の情事を目撃した。

だが、見なくても気づいてはいたのだ。腐った男女の関係は汚臭を放つ。それは仕事のときに嗅ぐ匂いより強烈だった。


「誰にも言わないと約束したのに……なんで、俺を嵌めたんだ?」

「だって、亭主に知れたら終わりだもの。上手くやったつもりだったのに。レイプされた、ってだけにしとけばよかったのよねぇ。お金も脅し取られたなんて言っちゃったから……ボロが出ちゃった」



昨晩、郁美は太一郎を罠に嵌めるため、夜の会社に呼び出した。


『あなた、ひとり暮らしのお年寄りの家に上がり込んだでしょう? その家からお金が無くなったってクレームが入ったのよ! すぐに来なさい!』


社長夫人からそんな呼び出しを受けたら、仮に〇時近くであっても行かないわけにいかず……。


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