愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
「とにかく。俺はもう名村産業をクビになったんだ。あんたとはなんの関係もない。あんたが誰を咥え込もうが、知ったこっちゃない。帰ってくれ」

「あーら、いいのかしら、そんなこと言って。会社の寮を出たこと、あの弁護士先生はご存知なかったみたいね」


太一郎はドキッとした。

その件があったから余計に卓巳には知られたくなかった。宗は気づきながらとぼけてくれたのか、と思っていたが……。


「どういう、意味だよ」

「何か事情があるみたいだから、黙っていてあげたのよ。優しいでしょ?」
 

この手の女の魂胆など丸見えだ。

太一郎はアパートの二階を見上げ、苛々した様子で吐き捨てるように言った。


「あんたの誤解だ。俺はもう藤原になんの権利も持ってない。俺を取り込んでも金にはなんねぇよ。今の亭主を大事にするんだな」

「誤解かどうか、藤原を直接訪ねてもいいのよ。従兄の社長さんは聞いてくれるかもしれないわ。大会社とはいえ、スキャンダルが続けばどうなるかわからない世の中だもの。マスコミも興味を持ってくれるかも」


狡猾な女狐は舌なめずりをして太一郎を見ている。

年寄りの名村とこの先何十年も夫婦で過ごし手に入る遺産など、藤原にすればはした金だ。太一郎を上手く利用すれば、すぐにも彼女のモノとなる。そうすれば名村と別れてもっと若い男と遊び暮せるのだ。

そんな打算を顔に浮かべながら、


「あなたも、例のメイドさんの話とか……蒸し返されたくはないんじゃない? 部屋で待つ、可愛い奥さんのためにも……ね」


郁美は悪魔のように微笑んだのだった。


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