羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》







 屋上にやってきた女子生徒は、きらきらと光沢を放つ瞳を、当時高校3年生の酒童に向けていた。


「空飛ぶ人?」


 酒童が問いかけると、女子生徒は深くうなづいた。


「私ね、見たの。
屋上からピョーンって飛んで、建物の上を走って行くのを。
だから、またここに来たら会えるかな、って」

「あ、それ……」


 酒童は、それについて心当たりがあった。

なぜなら、建物と建物を渡り歩きながら下校していたのは、何を隠そうこの自分なのだから。

 なるべく一目につかぬようにと尽くして全速力で走ったが、どうやら見られてしまったらしい。


「どしたの?」

「いや……」


 酒童はこのいかにも好奇心旺盛そうな女子生徒と、まともに目も合わせられずにいた。
 
 もし、その彼女曰くの「空飛ぶ人間」とやらが酒童であることを知ったら、彼女はどうするだろうか。

 少なくとも、「羅刹」という名の職業者を気味悪がったりはしないだろう。
 
 全国に何百といるのだから。


 けれど、

「あ、それ俺だよ!
羅刹だし、高く飛べるのは当然!」

 と弾けた感じに言おうとする気にもなれず、酒童は結局黙っていた。


「誰なんだろうな……」

「ここにいないってことは、またどっかに飛んでっちゃったのかな?」


 女子生徒はきょろりと辺りを見回す。

 彼女は中背だったが、黒髪がさらりと長く、平安絵巻でよく見かける姫の髪型に酷似していた。

一重瞼だが目単体は大きく、ぱっちりとしている。

 それが印象的なせいか、女性特有の華奢な体つきも加わると幼く見える。


「そういえば、あなた誰だっけ?」


 今更ながら、女子生徒は酒童に訊いた。

 彼女のスリッパは深い藍色だ。

深い藍色のスリッパを履くのは3年生だから、そうは見えないが彼女は最上級生なのだろう。

 思い返してみれば彼女に似た人を見かけたことがあるが、その記憶はひどく朧げであった。


「酒童嶺子」


   



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