羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



その刹那、酒童は視覚聴覚を失ったような感覚に陥った。

周囲のざわめきが消える。

前の席でお子様ランチを頬張る子供も、彼氏とコーヒーフロートを楽しむ女も、雑炊を啜る老人も。

酒童の視界から、すべてかき消されるが如く、見えなくなった。

ただ一点に、あやしげに嗤う朱尾の顔が目に写っていた。


「ボコったって……」

「そりゃあもう、文字通りっすよ」


朱尾が言うには、こうだ。


あと半年で卒業を控えたある日、前から朱尾を嫌っていた男女訓練生が集まり、数人がかりで朱尾に喧嘩をふっかけたらしい。

朱尾は拒むどころか、むしろ上等とばかりに買った。

そして教官が駆けつけるころには、彼らはそれはもう、ひどい惨状になっていたという。

男は手足の骨が折れ、しかも女に至っては顔を殴られ、腫れ上がっていた始末だ。

当然だ。

羅刹は常人を逸する怪力を備えている。

コンクリートだって破壊できるのだから、本気で殴ったりすれば、骨が折れたっておかしくはない。

幸いにも、羅刹の高い再生能力のおかげで、女子訓練生の腫れ上がった顔は数日で元通りになり、折れた骨も適切な処置で治った。


しかしやはり、教官の咎めは、喧嘩を売ったほうの訓練生たちにではなく、喧嘩を買った上に無傷であり、かつ、訓練生に酷い傷を負わせた朱尾に向けられた。


「これは相手に非があるが、これは、やりすぎだぞ」


そう、教官は言ったそうだ。







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