夢幻の魔術師ゲン
「その悪夢は現へと姿を変え、やがてあんたを死に追いやる。けれど、俺なら助けてあげられる。……どうだ? あんたの望みを叶えてやるよ」

「望み……」

 悪夢を祓ってくれ。

 そう、言わせたいのだろうか。

 腕を掴んだ手が離れ、少年の長い指がステラの顎をとらえて上を向かせる。

 唇が今にも触れ合いそうなほど、少年の吐息が唇にかかる。

「きっ……」

 寒さからではない。

 全身に身の危険を感じたステラの体にありえないほどの鳥肌が立った。

「きゃああーーーっ。変態変態へんたーいっ」

「おぶっ」

 ステラは無我夢中で、見事な鉄拳を少年の顎にめり込ませた。

 吹っ飛ばされた少年は路上に転がり、何事かと顎をさする。

「イタタタ……何をする」

「それはこっちのセリフ! 今の、信じられないわいせつ行為だからね。分かってる!?」

「……何を勘違いしてるのか知らないが……」

「勘違いいぃっ? だーったらそう思わせるような行動をとらないでよ! ……望みを叶えるだか何だか知らないけど、生憎私はオカルトに興味なんてないの。悪夢……は、確かに見ているけど、そんなの自分で解決するから放っておいて」

 叔父も言っていたではないか。

 悪夢や金縛りなどの現象はストレス、つまり精神的疲労が原因だと。

 だから、他人にとやかく言われるまでもなく原因は自分が一番よく分かっているし、望みを叶えるなどという少年の怪しい言動に惑わされるつもりはない。

 しばらく腕組みをしながらステラを見つめていた少年は、やがてふうと息を漏らした。

「……あぁ、そう。ま、あんたがそれでいいなら何も言わないよ。……けれど、そうだね。気が変わったら訪ねておいで、俺を」

「あなたを?」

「そう。……また会えるよ、ステラ」

「えっ?」

 何故自分の名を知っているのか。

 問い返す間もなく、少年の指がステラの額にそっと触れた。

 辺りの景色が、少年の姿がまるで蜃気楼のように揺れていく。

 それと同時に起こる強烈な眠気、次第に閉じる重い瞼。

 眠りに引き込まれる寸前に耳元で、「クロスティア」と少年は囁いた。
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