もう一度愛を聴かせて…
安西先生はあんなふうに言ってくれたけど、でも、橘さんを恨むことなんてできない。

去年、初めて会ったときから、ずっと好きだった。想いが叶って、告白されて付き合い始めたときは、天に昇るくらい幸せだった。

あんな形の初体験になってしまったけど、普通に求められていたなら、当たり前のように応じていたと思う。

わたしはまだ、彼のことが好きなんだ。

だから、彼に迷惑だけはかけたくない。そのためには、お父さんに妊娠のことも、橘さんのことも、知られるわけにはいかない。


『この子を産むためには親に言わなければならない』

『でも、橘さんのためには、親に言うわけにはいかない』


どんなに考えても答えが見つからない。

それに、今のわたしがひとりで産んで育てるなんて、絶対無理だと思う。他に助けてくれそうな人の心当たりもない。

考えれば考えるほど、中絶以外に道はないように思えてくる。


でも! それでも、一番なんの責任もないのはこの赤ちゃんなのだ。

命を与えられただけなのに。精一杯生きようと、小さな心臓は必死で鼓動を刻んでいるのに……わたしたちの都合で、その心臓を握りつぶしてしまうなんて。

この子は、わたしの身体から少しでも引き剥がされたら、もう生きてはいけない。

わたししか守ってあげられないんだ。


自分の身体の中に心臓がふたつあるなんて、とてつもなく不思議なことだった。あと半年ちょっとすれば、外に出ても生きていける“人間”になる。


時間が経てば経つほど、『堕ろしたくない』『産みたい』――その思いが強くなっていった。


< 32 / 56 >

この作品をシェア

pagetop