秘密

*その4*

会社で彼女を見つめる毎日は、大きな変化があるわけじゃなかったが、心が落ち着くなんとも言えない時間だった。


「翔太。」



ある日の午後。

喫煙室で一服していた俺に話しかけてきた奴。

「なんだ。」

遥だ。

あれだけ分かりやすく態度に示してきたってのに。

「本気なの?早瀬さんのこと。」

「関係ないだろ。」

煙を吐き出しタバコを灰皿に押し付けもみ消す。


やめなきゃ。これも。


「あたしじゃダメなの?」

泣きそうな顔。

これも遥お得意の泣き落としだ。

「ダメだからお前は俺を捨てたんだろ。」

さては男に振られたか何かして、こっちに戻ってきたんだな。

もう遊びで女と付き合ったり寝たりなんかしない。



彼女に認めてもらうために、俺は変わるんだから。



「ナナは関係ないだろ。お前がそんなだから、男に振られるんじゃないのか。」

くっと見開かれた大きな目。

「ちゃんと恋愛しろよ。なりふり構わず好きになれる相手を探せ。」


うな垂れた小さな体。

一時は好きだと思い受け入れた身体。
だけど、手に入らなくても好きだと思える大事な存在が今の俺にはある。

「それは…翔太じゃないってこと?」
「そうだ。」

酷い男だ。

好きな時に好きなように抱いて、その後はこんな態度になる。


だけど嘘はつきたくない。


真っ直ぐな彼女の隣に相応しくなるために。


「わかった…翔太今いい顔してる。好きなんだね、彼女のこと。」
見上げた遥の目には本物の涙。
「愛してるんだ、ナナを。」

はっきりと告げる。


そうだ。


好きってだけじゃ足りない。

愛してる。


「頑張ってね。あたしも頑張るよ。」


最後ににこりと笑った遥は、今まで見た笑顔の中で1番輝いていた。


(さて、仕事に戻りますか。)



喫煙室の扉を開けた先に。



傷付いたような悲しそうな顔をしたナナが居た。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



小さく聞こえた“愛してる”って。


元カノと何か話してるのを見かけて足が止まった。


立ち聞きなんてしちゃだめ。


そう思うのに足が動かない。


そして小さく聞こえたのだ。


『愛してる』


…って。




なんなの、それ。

何考えてるの?

あたしはいらないってこと?

あの言葉も、あの態度も全部適当なの?



嫉妬している自分が惨めで無様だった。


ーほら。人を好きになるなんて無理なんだよ。ー

誰かがそう言ってるみたいだった。



動けないまま立ち竦んでいたら、喫煙室から課長が出てきて驚いた顔してた。


浮気現場目撃された人みたい。

「早瀬…」
「失礼します。」


素通りしてやり過ごす。

見たくない。

他の人と話してる課長の姿。
笑ってる顔。


自分の立場も忘れてそんな風に思うなんて。


なんて図々しいんだろう、あたし。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




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