秘密
気持ち。

*その1*

飲み会なんて新入社員の時以来だわ。

強制参加させられて、久々に人混みに紛れてお酒を飲む。

強制参加させた張本人は離れた所で楽しそうにお酒をのんでる。


ーなんなのよ、もう。ー


半分くらい不貞腐れた気分でカクテルを飲んでいた。


「久しぶりだな、お前が飲み会に参加するなんて。」

いきなり低い低い声で話しかけられてビックリした。

「ビックリした、沢渡先輩、いきなり話しかけないでよ。」


彩がイチオシしていた営業課の沢渡 真吾。

彩には話していなかったが、彼はナナの兄・圭史(けいし)の親友なのだ。

普段はあまり話したりはしないが、たまに会うと普通に話せる唯一の相手だ。

「先輩こそこんなとこでフラフラしてたら、杏ちゃんから捨てられるわよ。」

嫌味をお返し。

「ないない、杏はそんなやつじゃないからさ。あ、そういやぁ圭のやつ、携番代わっただろ?連絡出来ねぇんだよ。ナナ教えろよ。」


人前でナナ、と滅多に呼ばない沢渡がナナを名前で呼んだ。


違和感を感じる。

「いいよ、そのかわり、あたし帰りたいの。連れ出してよ。っていうか送って。」


幼馴染みたいなものだから、フランクに物事を頼める相手。
安易に頼んでみてダメなら仕方ない、1人で帰ろう。
そう思っていた。

「結構お前狙いの男どもがいるんだが。
俺、憎まれ役?」


そう言うなりナナの手を掴み立ち上がらせる。

「知らない奴が見たら、俺がナナをお持ち帰りしてるみたいだな。」

繋いだ手が離れた。

「やめて。あたし杏ちゃんとケンカなんかしたくないよ。」

すると、ふっと小さく含み笑いした沢渡が店を出た所で立ち止まった。


「先輩?」


「さて、何分…いや、何秒かな。」


壁にもたれ、長い足を組んだ沢渡が意味不明な言葉を吐く。


「先輩、あたし、帰りたい。」


腕時計を見るばかりで反応がない。


ガチャ、と店の扉が開いて誰かが出てきた。


「予想より早いな、28秒。

お持ち帰りじゃねぇから安心しろよ、井村。」



出てきたのはナナを強制参加させた張本人、井村 翔太だった。


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