徒花
「うわー、その顔は反則だわ」


言って、体を離したコウは、両手をブラブラさせながら、



「帰ろうよ。このままだと、俺は約束を破って今ここで狼になっちゃいそうだ」


困ったように笑いながら、体を反転させる。

コウは勝手に車まで歩き出したから、仕方なく私もその後を追う。


ふたりで車に乗り込んだら、変な緊張感に包まれた。



「家どこ? 送る」


本当に何もせずに帰るつもりらしい。

拍子抜けしてしまった私は、まさか何か期待していたのだろうか。


マンションの場所を告げると、コウは車を走らせ、山道を下る。



「何か喋れって。心配しなくてもマジでこのままちゃんと送るから」


余計なことを。

そう言われては、逆に意識させられてしまうじゃない。


私は、飲むこともできなかった、すっかり冷え切ったココアの缶を握った。



「私なんかのどこがそんなにいいんだか」


思わず漏らしてしまった。

コウは取り出した煙草を咥え、横目に私を一瞥し、



「理屈じゃなくて、本能的に感じたんだよ。あぁ、俺はこいつが欲しいな、って」

「………」

「わかんないけど、そういうもんじゃん?」


コウの言葉に、心揺らされる。

きっと、ろくでなしなのだろうと思いながらも、私の虚勢が崩れていく。



『まぁ、そのうちお前も俺のことが好きになるさ』


本当に私は、この人が言う通りになってしまいそうで、怖かった。

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