徒花
ほんとに、この男は。

また顔が緩みそうになったけれど、悔しくなり、



「無病息災って意味、わかってる? コウ、私のこと、風邪とかからも守れるの?」

「ほんと可愛くねぇなぁ、お前は」


コウはさすがに毒づく。



「今ここで犯すぞ、馬鹿」

「やだっ、怖い! 警察、警察! 110番!」

「おい、この野郎」


じゃれて、笑った。

境内(けいだい)に、私たちの無邪気な声が響く。


神様だとか仏様だとか、よくわかんないし、信仰心なんて微塵もないけれど、でも私たちを守ってくれるなら、何だっていいと思った。



「じゃあ、私は、おばあちゃんの健康と、コウが誰かに刺されたりしませんようにって祈ってあげる」

「刺されねぇし。不吉なこと言うな」

「わかんないじゃん、そんなこと。コウ、喧嘩するしさ」

「もうしねぇよ。うるせぇ女がいることだし」

「誰のことだか」

「お前だろ」

「私はうるさい女じゃないもーん」

「あぁ、減らず口の可愛くない女だったな」

「はぁ?!」


そしてまた私たちはじゃれ合う。


都会の喧騒とは無縁の、洗われるような澄んだ空気。

こういうところでなら、私たちは、願った通りになれたのかもしれないけれど。



「さーて、帰るか」


あの街に。

今の私たちの、生きる場所に。


あそこに、私たちは、何を求めているのかはわからないけれど。

< 66 / 286 >

この作品をシェア

pagetop