ふたつの恋と愛
聞き覚えのある音が響いていた。

それに反応し体を起こすと、気だるさとねばっとした眠気が同時にやってきて気付く。

どうやら私は制服のまま眠っていたらしい。


「うわ、シワになっちゃう」


帰宅して直ぐベッドにダイブしたのは覚えていて、寝たのはきっとそれから。

気恥ずかしさで、いてもたってもいられず飛び込んだわけだが…そんなにも疲れていたのだろうか。


気恥ずかしさの原因は言わずもがな、亮さん。

亮さんがフルフェイスのせいで乱れてしまった私の髪を「ボサボサになっちゃったね」と手櫛で整えてくれたのだ。

ただそれだけのことに私は、まるで頭を撫でられたように感じてしまったのである。

徐々に覚醒していく脳裏に浮かぶのは焼き付いて消えない情景、いま思い出しただけでも嬉しいし恥ずかしい。


「他になんの意味はないってわかってても、やっぱり嬉しいなぁ」


触れられた時に僅かに感じた亮さんの体温。

爽やかな香水のニオイと亮さんの体臭が混じった、薫り。

優しい眼差し…っと、いけない。

思い出に酔いしれるのもいいけれど、私はまだお風呂も着替えも食事も、そして勉強もしていない。

勉強は…やらなければならないことの筆頭なのだが、如何せん苦手なもの。

学生は勉強が仕事だけれど苦手意識が先立って、頭に入らない。

ほんの少し前までにやついていたのに、今は苦虫を噛み潰したように顔が歪んでいた。


「…って、電話。忘れてた」


ただひたすらに存在を主張している携帯を探し当て、画面を見るとそれは見知った相手からだった。

長い間鳴らしているのだ、かなり急いでいるのか緊急事でも起こったのだろうか。


「もしもーし」


だが私から発せられたのは、間延びし抜けたような声音。


「ーーお、やっと出た!俺やけど、いま大丈夫やった?」


嬉しそうでありながら、こちらの心配をしてくれる相手。

散々鳴りっぱなしだったし、仕方ないことではあるが。

向こうもそう切羽詰まった感じではなかったので、ひとまずは安堵。


「ごめんね、寝てて気付かなかった。どうしたの?」


「うわ、すまん!起こしてまで聞きたいことちゃうかってんけど…咲希は明日バイトやったっけ?」


なんだ、本当に何かあったわけでもないらしい。

無意識に強ばっていた体を弛緩させ、ベットに仰向けで寝転がる。


「明日は休みだよ、どうしたの?」


「うっしゃ!それやったら、学校終わり付き合ってくれん?」


ピーンと私のなかでその言葉の真意を察した。

今日の昼休み中、教室の端の方で何やら女子が可愛く梱包した何かを手渡していたのを見ていたから。

少し嫌みったらしく、言ってみる。


「…モテる男は大変ですねぇ?お返しもしっかりやらないといけないなんて」


「え!?いや…ほ、ほら!俺そういうの分からんっていうか…咲希のが分かるやん?いや別に変な意味ちゃうよ?」


否定はしない。

私の予想は見事に的中したらしい。

焦っているようで、よく分からないことを口走る。

相変わらず嘘がつけないのか、下手なのか。


「はいはい、分かりましたよ。そういうことにしときましょ」


結局、こちらが折れたような感じで曖昧に返事をした。


「助かる!」


「でもさ…あまり思わせぶりな態度は良くないと思うけどなぁ。その子のためにも、誠自身のためにも」


平等に優しく裏表のない明るくいい意味で騒がしい、そんな平山誠(ひらやままこと)は当然ながら女子にモテる。

よくプレゼントも貰っているし(なんの記念なのだか、私にはわからないが)、きちんとお返しもするから否応なく好感度は上がっていくものだ。

告白などもきっとされてるのだろう、私はそこまで聞く筋合いもないから知らないところだが。


「でも、もろたわけやし…返すのがスジやん?もろてばっかりは悪いやろやっぱ」


正論なのだが、そんなにも貰っているのか。

それともお返しを必ずしなければいけないような相手なのか。

いずれにしろ、そのお返しの度に私が品物を選別しているわけなのだが。

なんとも言えない気持ちになる。


「学校終わったらいつもの場所で待ち合わせな!もろた品はそこで話すわ」


微妙な気持ちの私を置いてきぼりにして、誠は予定をたて始めた。

こんな少し強引なところを知ってる人間は果たしてどれだけいるのだろうか。

ため息混じりに適当に返事をし、通話を切る。


「たまには自分で選んだのを渡せっての…私が気まずいのにまったく」


一階から母の声が届き、私は携帯を置いて部屋を出た。
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