こんな能力(ちから)なんていらなかった







ガチャ——……


 リビングで寝転んでいた奈々は玄関の戸の微かな音を聞きつけて、体を起こす。

 今朝、優羽は仕事で遅くなると言っていた。


 そういう時優羽の帰宅は大体零時を回る。
だが、時計はまだ二十二時を指していた。


 嫌な予感がして、少しばかし長い廊下を走って玄関に向かう。


「ゆぅー?」


 言いながら角を曲がった所で盛大に鼻をぶつけた。


「……奈々?」


 鼻を手で押さえて涙目になっている奈々に優羽は声をかける。

 その様子にいつもと違うところは大して見当たらない。

 と一瞬でも思ってしまった自分は馬鹿だった。


 鼻の痛みが消えた頃、奈々は違う理由で鼻を手で覆った。


——血臭。


 それが優羽に纏わりついている。

 その臭いは濃く、甘い。

 千歳の一族に長く仕えている自分にもキツイほど。


「優羽!」


 不思議そうに立っている優羽の腕を掴んで袖を捲る。

 腕には薄い布が巻かれていた。

 それをゆっくりずらした奈々はそこに居座る傷の深さに息を呑んだ。


「優羽!!」


 今度の声には怒りの色合いを多く滲ませている。

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