深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~
「…な、なんで笑うんすか」
「だ…って、今どきこんなハンカチ、誰も持ってないよ」
ハンカチを落とさないようにしっかりと持って電車に乗り込みながら、笑う。
普段はもっとブランドの格好いいハンカチ持ってるんすよ、なんて力説するハルくんを見ていたら、涙も引っ込んできた。
「いいんだよ、高校生は背伸びしなくても。大きくなってもハルくんはそのままでいてね」
「…大きく、って…子供扱いされすぎだし、俺」
「若くて羨ましいって事。あーあ、私も十七歳に戻りたいなーっ」
「…ハルさん、酔ってる?」
「んー、酔ってないよー」
「絶対酔ってるし!」
うわ、酒くさい!と騒ぎ立てるハルくんに、気づけば私はカナタやジュリ達の事、Re:tireの事、仕事場の事…全部をぶちまけていたらしい。
ふらふらになりながら、着信を告げるバイブ音に画面を見る。
カナタだと思ったらズッキーからの、気をつけて帰れよ、のメール。
…もう完全に、終わりだ。
情けなさすら込み上げる。
私にとって意味のある事は気持ちが主軸であって、身体の繋がりはリンク先にしか過ぎないのに。
『愛って四年で冷めるって説もあるよねー』
会社の子達のどうでもいい話すら、疑心暗鬼に陥っている今は意図的なものにすら思える。
ぱたぱたと、降りだした小雨のようにアスファルトに涙が落ちた。
「カナタのバカヤロー、私の五年間を返せーっ!」
「ハルさん落ち着いて!ここ、道だから!」
──お前は馬鹿正直で、素直。見た目からは想像がつかないな。
思い返されるいつかの台詞。
カナタのそんな言葉を聞く事も、もう二度とないのだろうと思う。
過ぎ行く電車の中の景色も虚ろに瞬く、満月が浮かび上がる夜。
ハルくんに支えられて歩き始めた、少しだけ肌寒い秋の初め。
季節も時間も月日もヒトノキモチも、移ろうのは早い。