同期が急に変わったら…。
『おはよう。』




週末のオフィスに

久しぶりの課長の声が響いた。

ピリっと、

オフィスに緊張感が奔る。






順番に、

次から次へと部下たちが

将生のデスクに向かう。




一人一人と話しながら、

受け取った書類を見たり、

パソコンを確認したりしてる。






ホント、忙しいヤツ。






今は、誰も将生の周りにいない。

やっと私も行けそうね。






『課長。』

『なんだ?』

『東亜の商談、してきました。
専務の感触は、かなり良かったです。』





ここはケジメをつけて、

留守中の仕事を上司の将生に報告する。




朝まで一緒だったけど。

全部、報告済みだけど。





会社は会社で一応ね。






『ああ。悪かったな。
来週、もう一度行こう。』

『はい。』

『報告書見せて。』

『はい、後から提出します。』





朝、抱きついてたくせに。

ニコリともせず、

全くそんな素振りを見せない将生。





こういうところ、抜け目ない。






将生のデスクの上には、

書類の山。

それ全部今日やるの?

凄すぎない?

さすがだ。

尊敬するよ。







私も頑張らなきゃ。






『桐谷さん、いいですか?』




隣の席から俊介が

申し訳なさそうに

声をかけてきた。






『何?今日も大量なの?』

『いえいえ、そんな…。』


苦笑いしながら

書類の上に手を乗せて

指をトントンしている。




『仕事たっぷりあるんでしょ?』


『いや〜。俺、頼みすぎですかね?
昨日、桐谷さんに声かけれないくらい
黙々仕事されてたんで。』


『アハハ、ばかね〜。
そんな事ないわよ。

昨日は、ちょっと、ね。
大丈夫、私は俊介の補佐でしょ?』


『そうですけど。』


『ほんとに大丈夫だから。はい。』






そう言って手を指し出すと、

何を勘違いしたのか、

俊介は、その手を握ってきた。






『アハハハっ。俊介!
握手じゃなくて、書類ちょうだい。
アハハハ。』


『あっ、そうですよね?』


『アハハハ。
いいわ、じゃあ。
これからもよろしく?の握手にする?』


『いいっすね。
よろしくの握手で。』


『アハハハ。』





笑いで始まった朝は、

俊介からの嘘みたいな量の書類で

すっかりパソコンとの

お見合いになった。






将生は、

午前中は会議に出てたみたいで

オフィスにほとんどいなかった。

午後からは、

デスクでひたすら

書類に目を通したり

すっごい早さで

キーボードを叩いていた。







『桐谷。』




将生、

じゃなくて、

課長のお呼びだ。





『はい。』

『月曜、東亜に行くから。』





そう言って、ファイルを渡された。





『これ、仕上げてくれるか。』

『はい。わかりました。』

『頼むぞ。』





めずらしく、

課長の将生が微かに笑った。




私にしか分からない程度で微かに。

私の瞳をまっすぐ見ながら。





そのいい顔で微笑むのやめなさい。

まっすぐ見ないでよ。

最近の私も変なのよ。

だから、やめてよね。




『はい。』

『よし。戻っていい。』












カタカタカタカタ。





俊介の書類もまだまだあるのに、

東亜のも仕上げなきゃならない。





残業だ。

あんまり遅くなりたくないんだけど。





土曜出勤にならないように、

仕事に集中していた。







定時近くになってから、


『藤森、悪い。ちょっといいか?』




営業1課に

マーケティングの隆也が

将生を呼びにきた。




あら〜、隆也。

あんたも相変わらずいい男ね。





隆也は、

私にニコっと笑って

軽くペコリと頭を下げながら、

スタスタと将生のデスクに近づく。





『ああ。どうした?』

『新規ので、ちょっと助けてくれよ。』

『わかった。5分待ってくれ。』

『おう。喫煙室にいるから。』

『ああ。』





5分後。

将生は席を立って、


『ちょっと席空けるぞ』


と言って


颯爽とオフィスを出て行った。






どうしたんだろ?

また、仕事増えたんじゃないの?





隆也〜。

うちの課長、こき使わないでよね。






将生を少し気にしながら、

自分の仕事を黙々とやった。




8時を回っても、

将生はデスクに戻ってこなかった。




仕方なく、

東亜の仕上げた書類を

将生のデスクに置いて

帰る事にした。



『お先に失礼します。桐谷。』

とメモを残して。













ピンポーン



マンションの玄関のインターホン。



将生が帰って来たかな。





ガチャ。



もう、ネクタイを緩めた将生が

立っている。




『おかえり。』




今の時間は、10時。

遅くまでお疲れ様。




『ただいま。』

『やっぱり遅かったね。』

『ああ。まだ仕事残ってる。』



と、鞄を軽く持ち上げて見せる。




『はあ、疲れた〜。』




と言いながら、

部屋に入っていく将生。





ちゃんとご飯は作ったけど、

先には食べなかった。

せっかくだから、

一緒に食べた方がいいかと、ね。






『遅くなって、悪かったな。』



そう言って、

私の頭に手を乗せる。




『ううん、全然。』


『飯、食った?』


『まだ。』


『俺、
先に食べていいって言わなかった?』


『うん、聞いた。』


『待ってたのか?』


『う〜〜〜ん。』



将生は、

私の両頬を指で挟んで笑ってる。





素直に、待ってたよ、と言えない私。

本当、

可愛くないよね。







キッチンでおかずを温め直していたら、

将生に後ろから抱きしめられた。






『いずみ。』

『なに?』





ちょっとぉ。

これ、ドキドキするんですけど?

将生って、

くっつくの好きなのかな?






『お前さ、
朝から俺を妬かせてんの?』

『え?』





なんだ?

何を言ってんの?






『朝から宮野と手握ってたな。』

『あ〜、あれ?』

『あ〜、じゃねぇ。』

『アハハ。
あれ、俊介が勘違いしたのよ。』

『お前、妬かすなよ。』

『妬いてたの?』

『さあ?』






将生が妬く?

想像もした事ないわよ。

そんな感じなの?

私に?






『ほら、もう出来たから食べよ。』

『ああ。腹減った。』

『だよね?飲む?』

『なんかある?』

『あるよ。ビール?』

『おう。ビールかな。』







ビールを飲みながらの

数年来同じ感じの2人の雰囲気。





さっきの

甘めの将生じゃなくなってる。




この方がやりやすい。

いつもの自分でいられる。



でも、疲れた顔してるね。




将生、仕事大変なのかな。

気になるというか、心配になる。
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