ただ、名前を呼んで
「お母さん、そろそろ帰るね。」
ぼんやりと空虚を見つめたままの母に声をかけて立ち上がる。
その大人しい扉に手をかけると、ふと気になって後ろを振り返る。
母がまた僕を見ていた。
目が合うと、母は曖昧に微笑んだように見えた。
やった……
やった!
お母さんは僕のことが分かるのかもしれない。
そうだよ、きっとそうだ!
家までの道を急ぎながら、僕は口元が緩まないように必死に堪える。
真ん丸で深い朱の夕日が僕らの街を見つめていた。