ただ、名前を呼んで

『たく』と発音することに慣れてきた様子の母が、僕の方を見てこう言った。


「たくろう?」


僕は一瞬動けなくなった。
母は間違いなく僕に向かって聞いている。

僕は自らの頬に手を触れた。
僕の顔はそれほど父に似ているのだろうか?


父になんか似たくなかった。僕は父に対して嫌な感情を抱いた。それは心の深い所で渦巻いて僕を苦しめる。

涙を流さないように、精一杯さりげなく微笑んで母の目を見る。


「僕は拓海だよ、お母さん。」


母はキョトンとして首を傾げた。
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