読めない本と透明な虫


***


「ありがとう」

次の日、放課後の図書室。彼に「透明」を差し出しながら、私はお礼を述べる。

昨日と同じ、一番隅の日当たりの良い席に座っていた彼は私の声に気付いて振り向き、目だけで優しく微笑んだ。


「どういたしまして」

本を受け取って彼は言う。昨日より遥かに晴れやかな顔をした私に。


「ここ、座ってもいい?」

彼が座る席の正面の椅子に手を掛けて聞いた。彼は相変わらず感情の読み取りにくい声で「どうぞ」と言った。

ゆっくりと腰を下ろす。図書室は昨日と同じく静かだった。図書委員の当番の生徒が入り口の近くに座っているだけで、他には私たちしか居なかった。彼が手元の文庫本のページを捲る音だけが心地好く響く。


「……あの、」

遠慮がちに私は声を掛けた。彼の茶色い瞳が私を捉える。


「その本、本当に良かった。貸してくれてどうもありがとう。……私、前に進めそうだ」

そう言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。照れたのか、不自然な手付きで自分の髪を整える仕草をする。変なの。


「……不思議な縁ですね。僕が偶然古書店で目に入った本を買って、それを持って学校に来て、偶然机の上に置いていたそれを偶然その時ここへ来た貴女が手に取って、貴女は偶然、失恋したばかりで」

「……本当だね」

そう言われるとこの一連の出来事がとんでもない奇跡のような気がした。


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