読めない本と透明な虫



「失礼を承知で聞きますけど」

目線は本に落としたまま、不意に彼が声を上げた。静かで落ち着いた声。


「失恋、したんですか」

本当に失礼な質問だなと思った。状況から見れば私が失恋したことは確かに想像に難くないかもしれない。だがしかし、だ。初対面の人間にいきなりそんな不躾な質問をするなんぞ。

「失恋」という言葉に胸が締め付けられる。目の前に突然人が現れた驚きで一瞬忘れていたのに。大好きな先輩の笑顔が、脳裏に浮かぶ。

引っ込んでいた涙が滲んだ。唇を噛み、それが零れることを耐える。


目の前の少年はまるでわざとそうしているかのように、顔を上げて私を見ようとはしなかった。
変わらない声色で言葉を続ける。


「邪魔したかなと思って。……僕は貴女の名前もクラスも知らないんだから、誰にも話したりしませんよ」

これは、気を、遣ってくれているのだろうか。


「僕でよければ、話も聞きますし」

彼はその茶色い瞳を私に向けた。


「愛しい人を想って流す涙は、何よりも愛しいんでしょう」





────大好きだった。笑う目元も、ゆっくりとした口調も、すぐに居眠りしちゃうところも、バスケをしている姿も。……大好きだった。大好きだった、のに。


私は嗚咽を零して泣いた。顔をぐちゃぐちゃにして、これ以上ないくらいみっともなく。
透明な少年はそんな私から目を逸らさずに、時折私の口から零れる言葉に相槌を打ってくれた。そっと差し出されたハンカチは、彼の肌みたいに白くて、柔軟材の良い香りがした。


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