Gothic・home
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「カブラギ。カブラギ、私お腹がすいたわ。でも、ご飯は食べたくないの。なんでもいいから、柔らかいお菓子持ってきて」
どこまでも暗い窓ガラス。黒いレースカーテンと紫のカーテンを二重にした華やかな飾りがついている。私の部屋は私が大の字に寝転がっても、それが150体は入るぐらいの広さ。床のカーペットはふかふかで靴で踏みしめた時の感触はたまらなく落ち着く。
カブラギがドアをノックする音が聞こえた。
「いいわよ」
「失礼します、お嬢様。申し訳ございませんが、奥様からのご伝言により只今の時刻にお菓子は不似合いだと・・・」
カブラギが申し訳なさそうに頭を垂れた。カブラギはいつも真っ黒かグレーのスーツか執事服に身を包んでおり、シルバーの眼鏡が賢そう(実際に賢い)な私の専属執事だ。いつも私の些細なわがままに取り合ってくれ、勉強を教えてくれて、遊び相手になってくれる。時にはパパと同じくらい強く私を叱るけど、そんなカブラギが大好きだ。カブラギは日本人で、ママがここに連れてきた人。真っ黒のパサパサした髪の毛には私よりも手の行き届いてなさそうなところだ。
「どうしてママに言ったのよ!意味ないじゃない!こっそり持ってきてよ」
「・・・申し訳ございませんが、いくら私でも他の執事や調理師達などの間をこっそりとぬってお菓子を取りに行くというのはできないもので」
「あぁん、カブラギのばか!」
「誠に申し訳ございません。ですが、奥様からの直々の命令、執事として背くわけにはございません」
ベッドに座ったまま、足をバタバタさせたがカブラギは「しょうがない」とも言わないし、そんな態度も取らない。ついに私は自分から「しょうがない」と漏らしてしまった。そう言えるのも、先週にママから買ってもらったばかりのドレスを着れて、今私はとても上機嫌だから。七分袖の黒いレースといい、胸元の紅色の胸当てといい、赤と黒のレースを掛け合わせたコルセットといい、デザインは最高だった。まさに「私好み」だ。
「・・・まぁ、いいや。それよりお喋りしましょうカブラギ」
「喜んで」
カブラギは私の部屋に入り、後ろ手でドアを閉めた。私の部屋を隅まで見渡し、黒と白と赤の素敵な色に散りばめられた風景を楽しそうに見ていた。
「お嬢様、知っていますか?お嬢様のお部屋この雰囲気といい、飾り付といい、ジャンルとして『ゴシック』というんですよ」
「知ってるわ。デスティナのは『ロリータ』って言うんでしょ?でも、あんなピンクと白尽くめの部屋、この家には不必要だわ。だって、私の部屋も廊下もホールも全部ゴシックじゃない。デスティナの部屋だけでしょう?ロリータは!子ども騙しだわ、あんなデザイン!」
「人それぞれですよ、お嬢様。確かにあのお部屋はそうですけれども、自分の好きなようにお部屋をデザインするのは、自分の部屋たるもの自分が落ち着ける雰囲気にするためですから」
カブラギは落ち着き払って私の横に座った。私とカブラギの身長差は頭一つと半分ぐらい。私、アルベルティーナ(ママやパパはベルって呼んでくれている)は今年15歳になったばかりでカブラギはもう30歳を越す頃だろう。
「そうね。そうだ、人といえばさ」
私はカブラギの顔を覗き込んだ。
「人がいっぱいいるところに出てみたいな!ほら、私ってここから出たことないでしょ?世界を見てみたいの!学校って本当にあるの?インターネットの小説サイトで読んだの!あと、病院でしょ、図書館でしょ、幼稚園に保育園、お仕事なんてのもあるのよね!お金を稼ぐための!私の身の回りの物を作ってくれているんでしょう?自然は美しいって書いてあったわ!画像を見たの。本当に綺麗で美しかった。あの緑色は世界中のどんな綺麗な緑を混ぜても作れないわね」
「お嬢様」
カブラギが私を止めた。深刻そうな顔をして唾を飲み込む。
「決してこの館の外に出てはなりません。この館はその美しい自然に囲まれており安全ですが、いざ外に出れば危険がいっぱいでございます。誰かに傷つけられたり、殺されるかもしれません!」
「なら、学校やお仕事はないのね?病院は人を助けるところだって」
「ありますよ。本当にあります。ですがいつ誰に殺されても、おかしくないところなのです」
カブラギは心底恐ろしそうな顔をした。しかし、すぐに私の方に顔を寄せ、耳打ちをする。
「と、奥様の考えをお嬢様に教え込むために私はいます。ですが、私はそうは思わない。そもそも私は日本人です。飛行機でここに来るまで、誰かに殺されるなんてあるわけがないんです。たまにそういうことがあるだけです。誰かに殺されると怯えながら生きるなんて、馬鹿馬鹿しい」
「飛行機に乗って、無事にここまで来られたのね!?なら、ママは考えすぎよ。そう思わない?」
「同感でございます。ですが、お嬢様がここを出て行かれたらそれはそれは大騒ぎになりますよ。この館の中だけが、ね」
呆れた顔をしてカブラギは足を組んだ。自分が執事だということを忘れ、くつろいで気を抜いていると足を組む癖がある。私なりには、足を組んでいるのもいいし、敬語なんて使わない、かっこいいカブラギでいてほしいのだが。
「あぁ、外の世界を見てみたい!自然がどんなものか触って匂いをかいで、そうだわ、学校に通いたいわ!他の人たちと話すのって、どんなに楽しいのかしら!大勢人がいて、めまいがするぐらい楽しそうよね。友達も作ってみたいわ。もっとたくさんの大人を見てみたい。赤ちゃんを見て、触って、あやしたいわ。きっとすごく高い声で笑うのね。動画で見たの。私は画面越しにしか世界を見れないんだもの。つまんないの」
「私も、ここに入ってからは一度も外に出ていませんからね」
カブラギはメガネ越しに純粋な瞳をして困ったように笑った。
「ここでは、時間で朝か昼か夜かを考えなければなりません。息をするように外に出歩いて生きてきた私にとってはまだ慣れたものじゃあありませんがね」
ふと、部屋のドアを叩く音が聞こえた。他の執事の声がする。
「お嬢様、失礼します。ティムでございますが、そちらにカブラギはいらっしゃいますでしょうか?」
「いるわよ。どうかしたの?」
「奥様がお呼びでございます」
カブラギはベッドから立ち上がると、眼鏡を押し上げて私に頭を下げた。
「失礼いたしました」
彼は廊下へ出てもう一度お辞儀をしていた。

カブラギが出て行ってからというもの、退屈で退屈でやっていられなかった私はすぐに部屋を出るととなりの部屋のドアまで一歩きした。家は3階建てで、1階はホール、キッチン、リビング、客室、シャワールーム、2階にはママとパパの部屋、お客様用のお部屋数部屋に執事部屋が5つ。1つの部屋に最低7人は住んでいる。それに執事用のシャワールームに物置。3階は私と妹のデスティナの部屋、専用のシャワールームに娯楽室。その他の部屋もあるが、私が興味を示すようなものはない。
隣の部屋はデスティナの部屋。わがままでうざったらしい妹だけれど、からかいがいもあるし、女の子同士楽しみ合うこともできる。ドアをノックし、耳をつんざくほどの甲高い声で入室許可が下りると私はすぐに部屋に入ってドアを閉めた。
「ハイ、デスティナ。お姉ちゃん暇なの。遊ばない?」
「いいよ!なにして遊ぶの?」
私はデスティナの部屋を一通り見回した。白いレースにリボン。ピンクやら赤やら目が痛くなるような色ばかりだった。家中紫に黒に赤色だというのに、デスティナの部屋だけは別世界だ。
デスティナはパソコンを立ち上げ始めた。
「言っておくけど、動画鑑賞は飽き飽きだから」
「ちぇ。じゃあ何するの?」
「そうね・・・・」
いつもしているボードゲームはつまらないし、新しく買ってもらった本も読み尽くした。知りたい事はなんでもパソコンで調べることができる。そして、私が今一番知りたいこと。ママとパパには決してバレてはならない。
「ねぇ、デスティナ。この館の外に出たくない?」
デスティナは左目に付けている眼帯を少しずらしながら目をパチクリさせた。そして輝かしいばかりの目をする。
「うん!!外に出てみたい!ここ以外の人に会ってみたいよ」
「こっそり抜け出さない?世界はとてつもなく広いのよデスティナ。道に迷うかもしれないけれど、ちゃんと覚えておけば大丈夫よ。ちょっとぐらい外に出てみたって・・・・大丈夫よね!カブラギは飛行機に乗っても体に傷一つなくここに来たんだもの。きっと大丈夫」
少し怖いのか、つい私は「大丈夫」というのを繰り返していた。
「ナイスアイディアね、お姉ちゃん!でも、こんなドレスで外に出たら誰かが気づいちゃうわ。もっと地味なものを、普通は着るんでしょう?」
「そうよ。ジーンズにTシャツ、短いスカートでしょ。買えばいいのよ、いつもパソコンで買い物してるでしょ?」
「ママとパパにバレたらどうするのよ」
「バレるわけないわ!前にちょっとエッチな本を買っても見つからなかったでしょ?」
デスティナが私に冷たい視線を送る。
「お姉ちゃん・・・そんな趣味なんだ」
「違うわよ!ちょっと興味が出ただけ、男の子ってのに!とにかく普通の洋服を買って、届くまで待つしかないわね」
「最高!初めて外に出られるんだよ、すごいと思わない!?」
デスティナは有頂天で、外に出られた時のことを想像してうっとりとため息をついていた。私は心臓が張り裂けそうなくらいの期待に溢れ、顔が真っ赤になるのがわかった。
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