プラスティック・ラブ

「もう少し こっちに寄って」


なっ・・・んて事を言うのだろう、この人はっ!と
意識してしまうのは私だけで
勇人にしてみれば、濡れないようにという心配りをしただけのこと。
それより他の意味などないとはわかっているのに
これ以上近づいたら肩や腕が触れてしまう、と
どうしても私から寄れない半歩の距離を詰めたのは勇人だった。


傘を持つ勇人の緩く曲げられた右肘が私の肩の後ろへ回されて
彼の脇に斜に抱えられるような格好になる。
勇人に触れてしまう身体の左半身がかぁっと熱くなるのがわかる。


「濡れてないか?」と言う彼の吐息が
額にかかるほどの近い距離は、私の理性を揺るがせた。
「うん、大丈夫」と小さく答えて見上げれば
私を見下ろす勇人の眼差しが優しくて・・・優しすぎて切ない。


お願いだからそんなふうに見ないでほしい。 
でないと私は・・・ 私は・・・



「成瀬くん」




置き場に困って胸元に当てていた右手を勇人へと伸ばして縋って
あなたが好きと言ってしまいそうになる。




「ん?」

「あの・・・」


だめ。 そんなこと言ってはいけない。
言えばこの優しい人を困らせてしまうに違いないのだから。
他に想う人がいるこの人を・・・



「何?」

「ううん。なんでもない」



勇人の優しい視線から逃れるように目を逸らし、ため息をそっと落として
切ない思いは胸元にある手の中にぎゅっと握り込んだ。
そんな私に「歩き難いけどしばらく我慢してくれ」と気遣う声と
向けられた優しい微笑み。 



ああ・・・ また・・・



だから、そんなふうに見ないで、と思うのに向けられた微笑が嬉しいと思う。
やっぱり傘に入れてもらうのはやめておくべきだった、と後悔しながらも
好きな人をこんなに近くに感じられる状況を幸せだとも思う。
そんな自分に呆れてしまう。呆れてしまうけれど・・・



今だけでいい。
このまま時が止まってしまえばいい―――


そう儚く抱いた願いは叶うことなく掛けられた一声に掻き消された。

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