愛しい太陽
「陽菜!」
「美月!」

立ち上がった美月は陽菜とハイタッチを交わす。

「アズィール殿下から聞いたの、陽菜が取り仕切ったって」
「美月の為だもん」
「ありがと、陽菜」
「うん」

二人の様子を見ていた国王が、アズィールに声を掛ける。

「…よき日を」
「ありがとうございます…父上」
「日本の食事は初めてだが…まるで芸術だな」
「今日はまだ本格的なものとは言い難いところもありますが、およそあのような雰囲気です」
「あぁ…S&Jの常務の招待で行った店は確かに素晴らしかった」

サイードも満足したようで、国王は興味を持ったようだ。

「ほう…目にも舌にも楽しませてもらった。ヒナに聞いたが…実に躯にはいいらしいな。数多の配慮が隠されているのも、所作が美しいのもいい。またお目に掛かりたいものだ」

 歳を重ねた国王は、この頃健康に特に気を配っており、食事による胃もたれに悩み、健康の為と薄味にしてみれば、イマイチ満足出来ずにいた。しかし今日は普段より量も食べたが、胃もたれもなく、薄味だが満足出来た。陽菜から簡単にだが日本食について聞いていた事も手伝って、その良さを気に入ったらしい。

「ヒナ」
「はい、陛下」
「実に満足の行く食事だったぞ。よくやった」
「光栄ですが…そのお言葉は私にではなく、給仕や厨房を担当した人々にお与え下さい。彼らの努力の賜物です」
「そうか…アズィール、よきに」
「ありがとうございます陛下」

陽菜の言葉に感心して目を細めた国王は、アズィールに後を托す。

「次の機会には、ヒナとミツキを両手に日本食を楽しみたいものだ」

父の言葉に二人の息子は目配せて肩を竦める。和やかに過ごした後、サイードと美月は一家を連れて月離宮に戻った。翌日からはサイードと美月は一週間のハネムーンで日本だ。日本へは一家と共に向かい、そこから別行動となる。国王は満足のまま王宮へと戻った。

「ヒナ、お疲れ様」

国王を見送ったアズィールと陽菜は、執務室に移った。二人きりである事を確認した陽菜が、アズィールの労いをきっかけにフラフラと椅子に座った。

「ヒナ!?」
「熱中症、みたいなものだから…」
「水は…飲んでいなかったのか!?」
「…気にしてなかったし…日本じゃないの、忘れてた」

陽菜を椅子から抱き上げたアズィールは、足で扉を開けると言う、あるまじき行動に出ていた。慌てるアズィールが抱える陽菜に、王太子妃に何かあったのだと、宮中は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
寝室で水分を取らされた陽菜は、眩暈と吐き気を訴え、氷嚢を使わされて横になっている。ここは日本でもなく、また陽菜が普段から忙しなく働く社内のように空調が整っているわけでもない。
それをすっかり失念し、普段同様にこの数日は秘書としての仕事もこなしていた。元々、美月にも言える事だが、多忙な人間に付くにあたり、水分は取りすぎないようにしていた。少しでも円滑に仕事をする為の習慣は仇となったのだ。
タイミングよく戻ったアリーに事情を話し、これから全ての予定をキャンセルして陽菜に付いていると言い出したアズィールだが…。

「そんな腑抜けた人に付いていられると、頭痛が酷くなるし、鬱陶しい」

侍医や他の者が飛び上がって驚く程の暴言が陽菜からさらりと告げられ、寝室は一瞬静まり返った。寝返りを打って、アズィールに背を向けた陽菜…陽菜を心配してのアズィールの愛故の厚意を、素気無く突き放す。何て不遜だと、それを聞いた者たちに思わせた。

「殿下、今はゆっくりお休み頂くべきでしょう。ヒナ様、ご用はこちらのベルで」
「ありがとう、アリーさん」

背を向けたまま答えた陽菜に、アリーは寝室から誰彼構わず人払いする。

「アリー、全てキャンセルだ」
「ヒナ様のお気持ちを無駄になさいますな。殿下にきちんと公務を果して頂きたいのですよ」
「キャンセルしろ!」
「ヒナ様はご自身のせいで方々に皺寄せが行くのは、我慢ならないタイプの方でしょう?その為なら誰に何と言われようと、殿下に務めを果して頂く為の策を講じるはず」
「…慣れぬこの国に一人は心細いはずだ。それではよくなるものもなりはしない」
「ならば尚、ヒナ様の憂いをお早くなして差し上げる事です」

アズィールとアリーのやり取りで、周囲はあの言動が逆にアズィールを想うが故である事を知る。

「これからは大切な会合も組まれております。ヒナ様が立てたプランですから、ご存知のはず。きっちりこなして早くお帰りになられればよいのです」

柄にもなく慌てていて、アズィールは今更気付く。

「…わかった」

踵を返したアズィールには他の侍従が付いて、王太子宮を出た。

「さぁ、ヒナ様に冷たいフルーツを用意して、氷嚢も取り替えて差し上げなければ」

アリーの言葉に動けず残った者がぱたぱたと動き出す。

「全く…王太子殿下も十四年下のヒナ様の前には形無しだな」

 呆れたような口ぶりのアリーだが、表情は穏やかだ。このところ陽菜を慮る事が増えた。先程の陽菜の暴言も、アズィールを諭すついでに周囲に聞かせた。初めてアズィールが執心した女、妻に迎える準備は恙無く進んでいる。驕る事を知らない陽菜は、どんな高貴な家の娘よりも王太子妃に相応しいだろう。

「さて…今日はいつお戻りになるか」

アリーはアズィールが戻り次第、食事が取れるように動き出した――。
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