愛しい太陽
 繰り返されるキスで贈られるささやかな温もりを、陽菜は引き寄せていた。首に腕を伸ばして来た陽菜に応えるようにベッドに乗り上げると、華奢な腕は求めるようにアズィールを引き寄せる。ベッドに腕と膝を付いてされるがままでいてやれば、首元で深く長い息を感じ、陽菜の躯が弛緩した。

「ゆっくり休めたか?」
「………」

頷きながら擦り寄る陽菜に、愛しさが募る。

「気分は?」
「……、…た…」

陽菜を腕に包む為、首に絡まる腕を緩めるよう軽く叩いて要求するも、幼い子供が嫌々をするように小さく首を振って、緩むどころか更に力が篭る。

「ヒナ、すまない…聞こえなかった」

甘えた仕種が堪らず、しっかりと腕に抱き締めたかったのだが、陽菜が離れたがらないようでそれも嬉しくあった。

「さ…みし、かった…」

まさかそんな事だとは思わず、アズィール瞠目したまま硬直した。

「…ヒナ、腕を離してごらん?すぐに私が抱き締めるから」

何度も嫌々をする陽菜に同じだけ腕を離すよう諭すと、陽菜は腕を離してくれた。隣で横になり、陽菜に腕枕をしながらきつく抱き締めて、擦り寄る陽菜を何度も呼ぶ。

「もう置いては行かないよ、ヒナ?これからは必ず一緒だ。だから…早く良くなってくれ」
「ごめんなさい…」
「謝らなくていい。これからはお互いにお互いを気遣っていこう。私の監視は生易しくないから、覚悟が必要だよ?」
「うん…」
「いい子だね、ヒナ。もう少し眠るかい?それとも湯浴みをしてから軽く食事にしようか?」

また嫌々をされて浮足立つ自身を抑止しながら、最後とも言える一つを提案する。

「それじゃあ…このままでいよう」

それに小さく頷かれて、アズィールは嫌でも浮かれてしまう。普段の陽菜はオンもオフも口調や表情が変わるだけで、アズィールに甘えたりする事など皆無だ。
 陽菜が育ってきた環境を考えれば、当然の結果とも言える事だが、アズィールはそれで済ませるつもりはない。アズィール自身にだけは幾ら甘えても大丈夫なのだと理解させたかった。陽菜の全てを受け入れて、愛していきたい。だから陽菜にもいずれで構わない、そうされたい。

「肌寒くはない?」
「…少し」
「ならばもっとこちらへおいで。私が温めてあげるから」

擦り寄る陽菜を更にしっかりと抱き包んで、髪に鼻先を埋める。自身の香りが陽菜から香るのに頬が緩む。

「私の香を焚いていたんだね…陽菜から私の香りがするよ」
「…アズィール、の…だったの?」
「早く私の香りをヒナに覚えてもらいたくて、香木を作らせたんだ。気に入らなかったかい?」
「…ううん…好き…」
「よかった。ヒナのものも作らせようか」

陽菜が気に入ったと言うだけで、褒められた子供のような気分だ。無性に嬉しい。

「…いらない…これ、あるから…」
「…あぁ…ヒナ」

歓喜の余り抱きしめる腕に力が篭る。

「ん…」
「苦しいか?」
「…平気」
「もっと抱き締めても構わないか?」
「ん」

歓喜が止まらない。陽菜が素直に受け止めてしまうから。

「ヒナ…君からキスしてくれ」

今度こそ外方向かれると思ったのだが、陽菜は顔を上げて下唇に触れてくれる。

「愛してる、ヒナ」
「…うん…」
「ヒナ…!」

はっきり言葉にされたわけではないが、陽菜から同意を得られた。

「ヒナ、愛してるよ…愛してる。まだゆっくり時間を掛けていこうと思っていたが…どうも待てそうにない。サイードたちがハネムーンから戻り次第、私の妻に…なって欲しい。君だけだ、どうか信じてくれないか?」

気が急いてしまう…陽菜の気持ちが少しでも見えるうちに、完璧な答えが欲しい。妻になると…合意が欲しい。今は合意なしに準備を進めている状態だ。だから陽菜は逃げてしまうかもしれない。

「ヒナ…私の愛しい太陽…君がいなければ私は光のない道を歩む事になる…私は君に希う。どうか…私だけのヒナに、我が太陽に、唯一の妻に…なって欲しい」

熱心な愛の言葉。紡ぐ程に陽菜は身を固くしていく。

「ヒナ…愛している」

強張りを解すように、アズィールが背を撫でる。重荷を課してしまったかもしれないと後悔したが、すでに遅い。

「すまない、ヒナ…君に無用な責任を課すつもりはないが…私はこの国の王太子としての地位から逃れる事は出来ない。だが君はそれに縛られる必要のない人だ」
「……うん」
「憂う事があるのなら…何でも言ってくれ。君の素直な気持ちが知りたい。私の言葉がヒナを苦しめているのなら…はっきりとそう言って欲しい」

包む腕の力を緩め、顔を覗き込む。今にも泣きそうな陽菜に、気分は沈み切り、別れすら覚悟せねばならないと…。

「…私、には…王太子の妻、なんて…務まらないし…文化も違う…」
「あぁ」
「それに…過去だって…もし露見したら…アズィールが…」
「…それで?」
「秘書でいられても…ハレムの女にはなれても…妻にはなれない」
「…そうか」
「ごめん、なさい…すぐ日本に戻って…一週間以内に私の後任を育てるから…」

腕を突っ張って距離を取ろうとするが、陽菜の背中に回った手がそれを許してくれなかった――。
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