二重人格三重唱
秘密基地
 陽子と翼は大晦日の夜、堀内家で待ち合わせた。

秩父神社へ一番に初詣に行くためだった。

二人を見守ってくれる家族と、暖かい年の瀬を過ごしたかったからだった。


勝が退院していたのだ。

それが何よりの翼を喜ばせていた。


クリスマス後の二十六日にやっと退院する事が出来た勝。

きっと最後の家族水入らずになる。
そう思いながら、翼と陽子を見つめていた。

その幸せそうな微笑み。
陽子は勝に見せつけるために、出来る限り翼の傍にいた。


翼を思う勝の気持ちは解っていた。
自分との結婚させたい気持ちも理解していた。
でもまだ出逢って間もないのだ。

その時不意に、夜祭りの日の中川の自分の部屋の出来事を思い出した。


本当は翼に抱かれたくてシャワーを浴びた陽子。

でも……
SLにかき消しされた。
本心ではそれでいいと思っている。
それなのに……
まだ陽子の気持ちは揺れていた。


陽子が節子から預かった年越し蕎麦を茹でる。

その蕎麦は節子が農協の直売所の奥で、勝の為に心を込めて手打ちした物だった。


初めてのデートで歩いた国道299。
暗闇の中を再び歩き出す二人。

あの日と違っているのは、お互いが掛け替えのない存在になったこと。


翼はもう、陽子なしでは生きて行けなかった。

陽子はその名前が示す通り、翼を照らす太陽になっていたのだ。


堀内家の玄関先で、陽子を見た時の衝撃。

全身が太陽光に包まれた姿は、まさに天照大神の再来だった。

今翼は改めて、恋人になれた喜びに震えていた。




 陽子は翼が言った言葉が気になっていた。

翼と言う名前は、翔が飛び立つために付けられた。

何時も翼を俯瞰し、高い場所から見下ろしている。

翼の言葉が陽子を捉えて離さなかった。


陽子は翔のことを詳しくは知らない。
母親の薫が溺愛している位しか。

そのために翼が迫害を受けていること位しか。

そう……
陽子はまだ翔に会っていなかったのだ。
だから解るはずもなかったのだった。


それでも陽子は考える。
翼は陽子にとって、可愛くて優しい愛すべき男性だった。

落ち度などあろうはずもなかったのだ。

だからこそ、何故愛されないのかが解らなかった。

だからこそ、愛しくてたまらないのかもしれない。




< 49 / 147 >

この作品をシェア

pagetop