徹底的にクールな男達

 診察は淡々と進んだが、慣れない空間に少し緊張した。

 アフターピルは難なく処方され、麻見は待合室で会計後にそのまま飲んだ。

 ただ、体調が悪くなったらすぐに当院へと二度ほど繰り返され、「はい」と返す声が掠れていた。

 いつもの、吉沢や中津川とわいわい騒いでいる時とは別人のようであった。

 麻見は終始不安定で、だいぶ落ち込んでいた。

 側にいてほしくないという気持ちが強そうだったが、実際は麻見1人で対処できる事態ではなく、常に足取りが重そうだった。

 それが今、ようやく再び車に乗り込んで、少し落ち着いたようではあるが。

 帰り道も隣でずっと目を閉じたまま車に揺られていたが、気分が悪そうな雰囲気ではなく、薬を飲んで少し安心したようだった。

 麻見の自宅から病院までは約20分。もし、なにかあっても、タクシーで行けば間に合うだろう。

 ギッとギアがパーキングに入る音がした途端、麻見は目を開いた。

 車のナビに表示されている時計は13時04分。少し腹が減った。

「おなかすきましたね……」

 麻見の穏やかな声に、

「……良かった」

 武之内は、ほっとして笑った。

「何が欲しい? 買ってこようか?」

「えっ!? いえ……。あります、なんか」

 宙を見上げ何か考えている。今は死にたい気分ではなさそうだ。

「麻見」

「あ、はい」

 元気そうなので、今後のことを少し話しておかなければと、真面目に見つめた。

「あぁ、明日のことですよね……」

 麻見は視線を逸らし、しゅんとなった。

「明日って何?」

「仕事……」

 そんな馬鹿な。

「行けないでしょ。とりあえず二週間休みとっとくよ。代筆で申請書だしとくから」

「、…………」

 そうじゃない、と顔に出ていたので、

「本当にやめるの? 麻見が言ってるのは、僕と仕事するのが嫌なだけでしょ?」

「…………」

 あれだけ正面きって言っておきながら、言ったことを後悔しているのかバツが悪そうに言葉に困っている。

「……前から嫌だった?」

 空気が重くなったので、タバコに火をつけ、サイドウィンドを少しずらした。

「……嫌って……何がですか」

「僕が」

「私は別に嫌とは思ってませんけど、武之内店長が私のことを嫌だと思ってるんじゃないんですか?」

 思い切り嫌だって言ってたじゃないか。

「嫌だとは思ってないけど……まあ、言うこときかないなーとは思ってるけど」

 煙を吐きながら、正直な自分に、自分で少し笑った。

「……聞いてるつもりですけど」

 どこが! 

「……そう? ……レジ打ち以外するなって言ってもしてるでしょ。他の人は助かるのかもしれないけど、レジで誤差されたお客さんが困ってるっていうのに」

「…………そうか……」

「って何回も言ってるけど」

「いや、話を聞いてないわけじゃないんですけど。なんかこう、今までそうだったし。前はぁ、皆で分け合ってっていう考えだったんですよ」

「そう。でも、今は違うから。時は過ぎてるから。取り残されないように」

「別に、取り残されてはいないと思いますけど」

 小首を傾げながら言うその表情が、あまりにも可愛らしくて思わず見入ってしまった。

「……言うこと聞けって言ってんのに」

 何か言わなければいけないと、慌てて同じことを繰り返す。

「いやだから、聞いてますけど、聞いてますけど!」

「聞いてないよ」

「聞いてます、聞いてます」

「あそう。でも、もうちょっと言うこと聞いてほしいから……」

 俺はタバコを灰皿でもみ消して、麻見の方に身体を寄せた。

次いで、顎に手をかける。

「えっ!?」

麻見は短く悲鳴を上げ、身体が跳ねるほど驚いた。

 ドアのギリギリまで下がって、こちらを上目使いで見た。

 待つつもりはなかった。

 再び顎を捉え直し、ゆっくりと、口づける。

 舌は入れない。

 優しく、触れるだけ。

「…………」

 麻見は唇が離れると、顔を真っ赤にさせて背中にドアを摺りつけるように縮こまり、唇を押さえた。

「……もう一回しようか」

 宣言してから顔を寄せると、

「えっ、え……」

 戸惑いながらも僅かに顔を上げた。

 それを見逃さなかった武之内は、唇を隠していた手を取り、手を繋いだままキスをした。

 唇が離れると、今度は空いた手で軽く抱きしめ、背中をポンポンと叩く。

 されるがままで、気分は悪くなさそうだ。

「僕は麻見のことを嫌いだとか、だから倉庫行かせたとか、そういう考えでは全くないから。根本的に考え直してほしいな。僕の指示を」

「…………」
  
 何を思ったのか、黙っている。

「……バレンタインもくれるんなら貰ったよ」

「す、すません……」

「いや、謝ることじゃないけど」

 言いながら、滑らかな指を何度も撫でていた。

「私のこと、嫌いじゃないんですか?」

 再度聞いてきた。ここが落としどころだ。

「だから嫌いじゃないってば」

 もう一度口づけてから頭を引き寄せ、抱きしめた。

 麻見はされるがままで、ただじっと身をまかせている。

手持無沙汰であくびが出たが、それを隠すために頭を撫でてやった。

それでも、手を振り払われることはない。

これで少しは言うことを聞くようになるだろう。二週間の休み明けは少し変わっているはずだ。

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