徹底的にクールな男達

帰りたい家

 翌日、武之内はわざわざビジネスホテルを片付けて、病院の退院の手続きもすべてしてくれた。

 彼は終始落ち着いている。

 だけど、それが離婚を確信しているように見え、依子は、ただ、遠くを見つめ、ありがとう、と、ごめんね、を繰り返した。

 帰りの車の中、病院の駐車場で、

「どこに帰る?」

 彼の思いがけない問いかけに、戸惑い、言葉が出ない。

「帰る場所は決めてないの?」

 それでも、彼は発車した。

「………、アパート、引き払わなかったら良かったね……」

 打倒な答えを出したつもりだが、

「いや、そうじゃない。柳原か後藤田さんのところに帰るのかって聞いてる」

「……え?」

 予想もしない名前が出てきて、驚いてその平たい横顔を見た。

「昨日、柳原に会って来た。家まで行って」

「え?」

「どういう仲なのか、聞いてきた」

「どっ、どういうって………」

 依子はうろたえたが、武之内はそれに構わず、

「依子と、どうしたいのか。どうもしたくはないと言われたけど」

「でしょうね!!」

 依子は笑った。

 可笑しくて。

 腹の底から笑った。

「笑いすぎだよ」

 武之内はムスッとし、本気で怒っている。

「逆に柳原副店長、怒ってなかったですか?」

 何故か、仕事のことになると自然に敬語が出てしまう。

「怒るわけない。むしろ、2人で食事に行ったことを謝罪してもらった」

「…………」

 悲惨な現状に、即冷や汗が出る。

「あ、でも。柳原副店長は私が……武之内店長と結婚していることを知らなかったんですよ」

「あそう」

 より、いつも通りの「あそう」だ。

 武之内はサイドウィンドウを少し下げ、慣れた手つきで、タバコに火をつけ、外に吐き出す。

「……タバコ、やめないんですか?」

「…………」

 数秒止まった武之内は、そのまま、まだ長いタバコを車内の灰皿でもみ消して、しまう。

「やめてほしいんなら、やめる」

 依子は、その横顔を見るために、右を向いたが、しっかりと目が合った。

 が、すぐに、武之内は前を見る。

「……家帰って、ごはん作りましょうか……」

 唐突にそう思ったので、言葉にする。

「………うん」

 硬い手が伸びて来て、私の右手を上から握った。

 そして、何度か力を入れなおして、握りなおす。

 自然に、その上に、大粒の涙が落ちた。

「離婚届けはそのままにしとこう。記念に」

 信じられない一言だが、声はもちろん笑っている。

「何の記念ですかー」

 依子もつられて笑った。

「いらない? 」

 武之内は歯を見せて笑いながら、前を向いている。

「いりませんよ。捨てたらいいじゃないですか。いる時はまた書けばいいし」

 正論を答えたつもりだが、武之内は、ぎゅっと手を握り直すと、

「そんなことは、しない」

 もうすぐ家だ。だけど、視界が再びぼやけていく。

「ただ、後藤田さんとか、あの葛西って男ともう連絡を取るのだけはやめてくれ。以前の事故の事を言われたら、きちんと弁護士を通すんだ」

「うん」

 依子も、武之内の手を握り返した。

「あと、会社の人間でも、男と2人で出かけるのもダメだ」

「……要求、多いですね」

「それは、当然のことだ。もちろん、俺もしない」

「………、店長だと、また、レスエストの人とホテルに行かないといけないってなるかもしれないけど、それは私は、まあ、一応会社の業務の1つとしてきちんと捉えますから」

 多分あれは、愛ではないし、避妊さえしていればきっかけにもならないと思ったのできちんと言葉にして伝えたが、マンションの駐車場に車を停車させた武之内は、

「は?」

 それだけ言ってキーを抜き、車を降りる。

 依子も慌てて、ドアを開けた。

 外の風が気持ちいい。自分の家がこんなにも素敵なものだということに今初めて気づいた。

 荷物をすべて持ってくれた武之内は、

「そんなことしないよ。普通……あ、通りで。最初独身だとか聞いてきたわけ?」

「え、あー……」

 そんなことあったかな。

「まあたいていは、いいと思ってる女じゃないと相手にしないでしょ」

「…………え、えーーーーー!?」

 マンションのロビーに入った途端、依子は大声を上げた。

「……うるさいよ。近所迷惑」

「あ、ごめん」

 即座に口を閉じる。

「え、あ。私のこと、いいと思ってたんだ……」

「………」

 何も言わない武之内は、エレベーターのボタンを押す。

「え? 私のこと、いいと思ってたの?」

「聞かなくても、そういうことだってわかるでしょ」

 ムスっとしたまま乗り込むので、

「分からないから聞いてるんだよ」

 半分笑いながら、依子も乗り込んだ。

「へー……どこがいいと思ってたの?」

「外見」

 依子は、納得しながら笑った。

「へえー、なんだかんだ業務だからって言っといて、外見目当てだったんだ」

「そういう言い方されると腹立つけど」

「あ、ごめんごめん」

 依子は簡単に謝ると、先にエレベーターを降りる。そして、ドアを手で抑え、武之内が無事下りられるようにした。


「そこ抑えててもさ、ドアが閉じようとすると危ないから、普通は中でボタン押してるんだよ」

「どっちでもいいじゃん。細かいね」

「普通でしょ。ドアは閉じるんだから」

 武之内のその、妙な言い回しにもう一度笑い、

「よく笑うねえ…」

と、その一言も無視して笑った。

 鍵を回して、ドアを開ける。

 そこが、帰る家だったのだ。

「ナスの味噌汁が食いたいなー」

「さっそく? …まあいいよ。レシピみながらやるから」

「練習すれば、うまくなるよ」

「なにそれー。ひょっとして、最初からおいしいかもしれないよー」

「あそう」

 武之内は上機嫌な「あそう」を披露する。

 そういう使い方もあったんだなと、依子は再び腹をかかえて笑った。
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