それでも、課長が好きなんです!
 正面に向かいあった穂積さんを見上げる。
 立ち上がった穂積さんに今度は本当に見下ろされて金縛りにあったようにその瞳から視線を外せなくなる。
 艶のある黒髪、整った顔立ちと健康的な肌、冷たい印象の切れ長の瞳は愁いを帯びていて大人の色気を感じる。
 入社したての頃はこの切れ長の二重の瞳はいつも怒っているように見えて目も合わすことができなかった。
 日が経つにつれ次第に目が合うとドキドキとした胸の高鳴りを感じて合わせられなくなって、
 やがてその胸の高鳴りに自分が恋をしているということに気がついた。

「なにをじっと見つめているんだ」
「……えっ」
「早く仕事に戻れ」

 視界が暗くなり丸めた資料を額に軽く叩くように乗せられる。
 まだどこかぼーっとした意識のまま資料を手に収めると「さっさと出て行け」と穂積さんの手がわたしの肩に触れた。
 そしてわたしの体を少し乱暴に反転させると背中を押された。
 ひと押しでよろめくように前に出て部屋を追い出されると、閉まった扉に背を預けて崩れ落ちそうになる脚を必死に奮い立たせた。

 やっぱりまだ、わたしは元の日常に戻れていない。
 たった今自分の肩と背中に触れた手の感触にあの夜を思い出す。
 なによ……こんな乱暴に追い出すことないじゃない。
 あの夜はあんなにも優しくわたしに触れて、その腕でわたしを抱いたのに。

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