例えばここに君がいて

校庭を一周しても見つけられず、今度は校舎内に入り込む。

途中で新見が「こらー、働きなさい」って叫んだり、高木先生が「廊下は走るな」って怒鳴ったりしてるけど、それも無視して俺は走った。

例えば、で満足してちゃ駄目だ。
今会いたい。今声が聞きたい。

彼女は校舎内のどこかにいる。そこまで分かっているなら、探し出せばいい。

一階から順に探しまわって、やがて人気のない場所に来た。
三階の美術室、廊下にも誰も居ないけれど、そこには明かりがついている。

小さな話し声に、彼女ともう一人の存在に気づく。
そっと近づいて覗くと、サユちゃんと夏目が向かい合っていた。


「……っ」


それまでの勢いが、ふっと消えていった。
真剣な顔をした夏目からは、いつもとは違う緊張感が感じられる。


「サユちゃん先輩、俺」

「な、なあに? 信也くん。あはは、変だよー?」


逆に、サユちゃんの声はどこまでも朗らかだ。

背中を向けているから表情までは見えないが、声のトーンが夏目の表情に対してあまりに咬み合わない。
無理矢理明るくしようとしているんじゃないかとさえ思う。

俺は扉を開けることが出来ずに立ち止まった。
かと言って、立ち聞きも駄目だろう。ここは立ち去った方がいいんじゃないかとも思うけど、二人のことが気になってそれも出来ない。

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