復讐
美帆の視線に気付いた松岡も、美帆の視線の先を追った。

「そんなに早く時計を買いに行きたいのかい?」

美帆はかぶりをふった。

「いや、違うの。ただ外の様子が気になっただけ」

「そうか。確かに今日は人が多いもんな。皆、クリスマスイブという名前に心を踊らせている訳か」

美帆はそれを聞くと、フフと笑った。

「それは松岡さんもでしょ?」

松岡は「それもそうだな」と言い、わざとらしく大口を開けて笑った。

美帆は、彼のこの仕種が好きではない。

わざとらしく大袈裟に笑ったかと思うと、すぐに真顔に戻り、何事もなかったかのように話しを続けるのだ。

美帆は、いつもこの彼の行動に一種の不気味さを覚える。

そして今日もそうだ。

大袈裟に笑ったかと思うと、すぐに真顔に戻り、全く検討違いな話を始めた。

「そう言えば美帆ちゃん。君の店に、僕等と同い年くらいの男性がいるだろ?」

美帆は、すぐに幸治の事だと思った。

ClubBellにいる男性といえば、幸治と安田と、もう一人中村という30代くらいの男性だけだからだ。

「えぇ、いますよ。まさに同い年の男性が」

松岡は「やっぱりな」と言うと、さも興味があるようなそぶりで体を乗り出した。

「彼は、なんて言う名前なの?」

何故、幸治の名前なんか聞くのだろう。
美帆は、松岡の質問に疑問を抱いた。
しかし、名前くらいなら断る理由もないし、教えてはいけない事もない。

「仲辻幸治です」

「なかつじこうじ?どういう字を書くの?」

美帆は不信に思いながらも「仲間の仲に、しんにょうに十という字で仲辻です」と言い、人差し指でテーブルの上に字を書いてみせた。

「下は?」

「幸せという字に、病気を治すの治です」

そこまで聞くと松岡は、ふーんと言い、何かすっきりしたかのような表情で、ニヤリと笑い、背もたれに寄り掛かった。

それを見た美帆は、何か言ってはいけないことを言ってしまったような感覚に陥った。

「彼に興味があるんですか?」

「いや、そんな事はないよ。ただ気になっただけさ。あまりにも美帆ちゃんと仲が良さそうに見えたもんでね。嫉妬ってやつかな」

松岡はそう言うと、再び大袈裟に笑ってみせた。
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