甘い愛で縛りつけて
◇「頼むから……実紅」



恭ちゃんが赴任してきて一ヶ月半が経った五月の半ば、離退任式が体育館で執り行われた。
内容はというと、四月の異動で転任された先生方に感謝を示す行事だ。

四月初めに着任式はあったけれど、その時は転任された先生は各々の転任先の学校で着任式に出席していた。
だから、きちんと送り出す行事として離退任式がある。
それがなぜ五月半ばに行われるのかは詳しくは知らないけど、恐らく転任先の学校に慣れ親しんだ頃、つまり慌ただしさが少し抜けた頃にっていう配慮からなのかもしれない。

壇上にいる十人弱の先生に、それぞれが担任した生徒や部活の生徒が花束と色紙などを贈る。
それからひとりずつが短いスピーチをして、式は滞りなく終わった。

教頭先生が閉会の言葉を述べると、生徒がぞろぞろと体育館から出て行く。
その様子を見ながら教員が使ったパイプ椅子を三脚持って私も最後尾につくと、後ろから「河合さん」と名前を呼ばれた。

誰かと思えば、笠原先生で。
驚きながら笑顔を返す。

「笠原先生、お久しぶりです。転任先の学校にはもう慣れましたか?」

隣に並んだ笠原先生は、相変わらずだった。
爽やかな笑顔がまぶしい。

「ええ、もうだいぶ」
「それならよかったです」


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