アロマな君に恋をして
「……離してください。これ、大事な物なんです」
「そうだろうなと思ったからつかんだ。……ちょっとだけ待って、食事の後に見せると言って忘れていたものを渡したいから」
オーナーは自分の黒い鞄を探り、何かの冊子を取り出した。
怪訝な顔をして受け取ろうとしない私に、彼が言う。
「これ、向こうのスクールの資料。行くにしても行かないにしてもとりあえずよく読んでおいて」
行かないにしても読んでおいてっていうのはよくわからない。
でも、これを受け取れば今度こそオーナーから解放される……
私は仕方なく、彼の持つ資料に手を伸ばした。
これで終わりだと思ったのに……
私はオーナーという人を見くびっていた。
彼は自分の手が自由になるのと同時に私の後頭部を引き寄せ、驚きで半開きになる私の唇を無理矢理に奪った。
「やっ……!」
すぐに彼の体を自分の出せる最大級の力で押し返し、そして思いきり、彼の頬をひっぱたいた。
未だキスの感触の残る唇を服の袖でごしごしと拭って、私は震える声で叫ぶ。
「最低……あなたなんて大嫌い! イギリスも、母親も、私には関係ない!」
それを聞いた彼がどんな顔をしていたのかなんて知らない。
私はただ麦くんの部屋を目指し、夢中で走った。
インターホンを押して扉が開くまでがもどかしかった。
早くあのあたたかい胸の中に飛び込みたい……
それだけを考えて、玄関の扉を潤んだ瞳で見つめていた。