疑惑のグロス

会社には友達と呼べるような人はいない。

でも、会社モードでない自分で、喋りができる相手が一人だけいる。


「苑美(そのみ)ちゃん! 今、帰り?」


そいつは社内で唯一、私のことを名前で呼ぶ貴重な存在。


「うん。まだ仕事残ってるけど、もう今日は仕事する気が無くなったから残業しない」

「相変わらずだなあ。

オレなんか、そんな風にしたいと思っててもなかなかできないから羨ましいよ」




会社を出て、繁華街へと続く道とは反対の方へと二人、肩を並べて歩いている。


この子は、去年うちの会社に入社したばかりだ。

でも、もうかれこれ15年以上のつきあいになる。




うちの近所で花屋を営む、広瀬さんちの一人息子の由鷹(ゆたか)。

ちっちゃい頃は「ゆた」って呼んでたけど、さすがに今、会社でそれはマズイ。


まあ、私が会社でゆたのことを名前で呼ぶ必要なんてほぼ無いけど。


小さい頃から気が優しくて、おとなしいタイプだったゆたは、一人っ子の私には弟みたいにかわいく思えていた。

< 17 / 130 >

この作品をシェア

pagetop