【短】”貴方”という理由
”貴方”という理由

*

「よいしょ…。」


気だるい体をゆっくりと起こす。

たっぷりと満たされた体の欲とは対照的に、
渦巻く私の心は一向に晴れる気配が無い。

垂れる前髪を力なくかき上げ、ふとすぐ横に眠る存在に目を向けた。


ダークブラウンの枕に顔を埋め、いかにも不安なんてゼロだ!とでも言いたげな無防備な寝顔。

”頼りがいがある”

なんて到底思えない。





”どうして彼を選んだのか”




式が近づくにつれ、その言葉ばかりを考えるようになった。

別にお金持ちというわけでもなければ、
モデルのような外見。というわけでも無い。

自分で出来る事を私に甘えたり、
何かとつけて変な自信を持ってたり。

漫画や映画のように紳士的なエスコートも出来ないし、
それ以前に女性に対しての心遣いってもんがなっていないと感じる事もしばしば。




”どうして彼を選んだの?”




数日前にそう友達に聞かれ、ドキッとした。
その反応はきっと、”理由”を明確に出来ていない自分に対しての焦りから生まれた物。

そして思った事がある。


”彼は私の《プラス》になる人なのか”って。


そう考えた時、決まって浮かび上がるのは他の人にはあって、彼には無い事ばかりで。



”もっと自分に合った人がいるんじゃない?”

”もっと幸せになれる道があるかもしれない”

”もっと楽になれる方法を探すべき…。”




「はぁ~…。」


自分に向けての言葉が次々と不安を煽る中、無意識に出た溜息と共にすぐ側の存在がモゾモゾと動いた。

先程まで枕に顔を埋めていた彼。
目を覚ましたわけでは無いのに。

何故かその腕が、体を支えていた私の手に心地よく触れている。



無造作に散る、頬を覆う髪。
「セットするのはここぞって時だけで十分!」とはにかんだ彼を思い出す。


少し長めの睫。
「何で私より長いのよ。」と愚痴った私に、「俺は、この目好きだけどな。」と私の瞼にキスしてくれたっけ。


張りのある頬。
「よく笑って筋肉使っている証拠!」なんて本当かどうかわからない理由に妙に納得した。


少し開いたままの口が時々、モグモグと何かを食べているかのように動くのも、
自分の物だと言いたげなそのギュッと力のこもる腕も。

全てが…彼らしい。



「あ…。」



…そうだ。



”どうして彼を選んだのか”


じゃなくて


”どうしても彼じゃなきゃ駄目”


な私がいるんだ。



…何故なのか、その理由すらもいまいち分からないけれど。




”頼りがいがある”なんて思わない。

でも

”支えられている”と感じる。



”私にとってプラスになるか”なんて思いつかないけれど、

それを

”一緒にプラスになればそれでいい”とそう思える自分がいる。



《結婚》という文字に《結》という漢字があるように

お互いの足りない部分を支えあって、
一つの道を二人で結んで繋げていけたらいいのかもしれない…。



私の手に伝わる温もりの先に、キラリと光る一つの物。
それとは逆の、髪をかき上げた手を目の前にかざせば、同じ存在が優しく輝いた。

その手ですぐ側の柔らかい髪を撫でる。
すると、まるで自然に目覚めたようにゆっくりとその長い睫が上がり、ぼんやりと見つめる瞳が私のそれと交わった。



「…ゆな?」



まだ夢心地なのか、トロンとしているその表情が可愛くて。
耳に届く少し低めの私の名前を呼ぶその声が、彼以外じゃ得られない安心感を私に与えてくれる。


そして、また一つ気づくの。



貴方じゃなきゃ駄目な、

些細であるけれど、かけがえの無い”理由”に。




「…好きよ。」


目の前の存在にキスを落とせば、その瞳が一瞬大きくなり、次の瞬間にはふわりと優しく微笑んだ。


「知ってる。」


そう言う変に自信たっぷりな所も。
私を包み込む確かな体温も、その香りも心地よさも。

全て、貴方だから。





…ねぇ、旦那様?




”どうして彼を選んだの?”



そう聞かれたら私は、今度こそ間違いなく答えるわ。



”どうしても彼じゃなきゃ駄目な私がいるの”



ってね。




《”貴方”という理由》
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