凶悪犯罪者バトルロイヤル
グランドマスターは紅茶で喉を潤した後、ゆっくりと喋りはじめる。

「さて、では計画の概要だが、まず、先ほども言ったように、君たちにはこれから、殺し合いをしてもらう。参加者は全員で100名。この100名を、最終的に8名まで絞ってもらう。期間は今日、20××年3月1日から1年間だ。期限までに生き残った者8名には、海外で希望する国に生活拠点と、日本円で十億の賞金を与える。しかし、期限までに8名まで絞られなかった場合は、申し訳ないが全員に死んでもらう。延長戦はなしだ。ここまでで、何か質問は?」

「なぜ、勝ち抜け人数は8名なんだ?」

「いい質問だ。8名という数字には、ちゃんと意味があってね。もし、勝ち抜け人数を1人までに絞るとなった場合、どうしても最終的には腕力の強さが物を言う結果になってしまうだろう?そんな単純な勝負は見たくない。参加者には女性や老齢の犯罪者も多くいる。逃亡術に優れている者、殺傷能力に優れている者、人を操るのが得意な者。理性で動くタイプ、勘で動くタイプ。人それぞれだ。それぞれの犯罪者が己の持ち味を発揮し、己のやり方で生き残れる最低人数を考えた結果が、8名という数字なんだよ。そしてここがポイントだが、その8名には、いかなる人間関係が存在していようが関係ない。だから極端な話、君が娑婆に出て、他の参加者を探して集めて8名の組織を作り、その8名でその他の犯罪者を駆逐してしまえば、それで勝ち抜けは決まりというわけだ。逆に、君の仲間が全員殺され、他はすべて敵ばかりという状況になったとしても、最後の8名にさえ生き残っていればそれでいい。こんな説明で、わかっていただけたかな?」

麻原は頷いた。頷きながら、すでに自分がどういう立場で最後の8名に生き残るべきかを考えていた。

自分の持ち味は、なんといってもカリスマ性と統率力だ。自分自身には度胸も身体能力もないが、人の心をつかみ、人を動かすことにかけては無類の才能を発揮する。

俗世に出たら、ただちに他の参加者を探しだして己の信徒とし、手足のように使う。麻原帝国を作り上げ、最後まで王の座に君臨し、8名の中に生き残るのだ。

が、そう考えると、ある問題が立ちはだかるのに気がつく。

「俗世に出るといっても、参加者の行動範囲はどれくらいになるんだ?日本全国となると、他の参加者を探しだすだけで1年が経ってしまうぞ」

「ふむ。それはそうだ。安心したまえ、君たち参加者の行動範囲は、東京二十三区内のみと定められている。東京二十三区を一歩でも出て隣県に足を踏み入れたら、ただちに委員会がその参加者の身柄を拘束し、そこで処分されるということになっている。ま、電車に乗ってウトウトしている内に、ついうっかり・・なんてのは大目に見てやるつもりだが。もっとも、そんなに緊張感のない参加者はいないはずだがね」

「・・わかった。先に進んでくれ」

「うむ。ではここからは細かいルールの説明に入らせてもらおう。まずは、戦闘についてだ。これに関しては、基本的に銃火器類の使用は無しで行こうと思っている。あまりに人数が減らないようであれば、順次解禁という方針をとっていくがね。悪いが君の得意な薬物や生物兵器も、最初は使用を禁止とさせてもらう。詳しくはマニュアルを参照してもらうが、まあ、とりあえずは刃物や鈍器、あるいはロープなどを使って戦ってもらうと思ってもらって間違いはない」

そんな原始的な武器しか使えないのであれば、ますます自分が直接手をくだすのは不可能だ。やはり自分が生き残るには、組織を作るしかない。すると気になることが出てくる。

「話が変わるが、ちょっといいか?俺は俗世を離れて長い。俺以前に逮捕された者ならともかく、俺以降に逮捕された犯罪者に関する知識がない。このままでは、仲間を集めることも、敵を探すこともできない」

「安心したまえ。あとで、全参加者の顔写真付きのファイルを渡す。罪状も書いてあるから、犯罪者のタイプを参照することもできる」

「わかった。戦闘の話を続けてくれ」

「うむ。戦闘について君たちが気になることといえば、警察の存在だろうが、すでに私が警視庁に手を廻して、君たち同士の犯罪については目をつぶるように命じてある。君たち同士がいくら殺し合おうが、警察に逮捕されることはない。ただ、一般人を巻き込むこと。これは厳禁だ。故意であろうが不可抗力であろうが一般人に危害を加えた者は、その時点で処分決定だ」

「逆に、俺達が一般人から犯罪の被害にあった場合はどうなる?」

「その場合も同じことだ。君たちが一般人に反撃することは一切許されない。それを利用して、一般人をけしかけて犯罪者を襲わせようとした者についても、発覚しだい処分する。とにかく、戦闘に関して、一般人に手を上げることは一切許されない。例外はない」

自分を排除した社会への復讐。その望みは、少なくとも1年は叶えられないということか。仕方がないが、まずは自由を手に入れることを考えるしかない。

「次に、1年間の生活について説明する。君たちには娑婆に出るにあたって、当座の金として200万円を渡す。その金で武器を買うもよし、人を集めるもよし、全てを生活費に充てて最後まで逃げ切るもよしだ。しかし、それ以上の金については、自分で稼いでもらうということになっている。アルバイトをするなり、自分で商売を始めるなり、方法は任せる。他の参加者を殺して所持金を奪い取るのもありだ。ただ、さっきも言ったように、一般人から金を巻き上げるのは許されない。強盗などもっての他、詐欺、恐喝も一切禁止だ。真っ当な方法で、金を稼いでもらう。戦闘と違い、ビジネスパートナーとしてなら、一般人と交流を持つのはOKとする。堅気でもヤクザでも、好きなように関わってくれたまえ。生き残るためには犯罪の才能だけではなく、人間力全てを使わなくてはならない、ということだな」

何やら得意げなグランドマスターの顔つきは腹が立つが、とりあえず頷いておいた。
どうせ抜け道はいくらでもある。真面目に働くつもりなどはさらさらなかった。

「一般人ということではこれも大事なことだが、参加者には、1年間の期間中、娑婆にいる親族や知り合いと連絡を取ることは許されない。一切の支援を受けてはならない。これも、破った時点で即座に処分の対象となる」

それはそうだろうとは思っていたため、ショックはなかった。俗世の人脈を活用できるとなれば、自分のように支援者が多い犯罪者と、過去の犯罪者や天涯孤独の犯罪者との間に大きな不公平が生まれてしまう。

「それとこれも大切なことだが、外見や身だしなみには気を付けておいてくれよ。一般人が、獄中にいるはずの、あるいは、すでに死んだ死刑囚を町で見たなんてことになったら、大変な騒ぎになってしまうからね。君が長髪に髭、作務衣のあのお馴染みのスタイルで歩いていたら一発でアウトだ。逆に逮捕当時の肖像とまるで違うイメージに外見を繕っていれば、まあ、都会人は基本的に他人に関心がないから大丈夫だろう」

納得して頷いた。現在、自分の髪型は、大阪のおばちゃんのような天然パーマネントの短髪である。髭は当然ながら無い。顔のパーツ以外に唯一逮捕当時と同じなのは、100キロ近い肥満体だけだ。

すでに教祖ではない自分が、神聖さを意識する必要は無い。カツラやツケ髭をつけてまで当時のイメージに近づける理由は、何も無い。第7サティアンの隠し部屋に警察が踏み込んできた瞬間、自分は教祖たる自分を全て捨てたのだ。

しかし、ただ一つ、現在も捨てていないものがある。それが麻原彰晃という名だ。自分の肉体を作り出した両親がつけた名を捨て、神の座にすわるために自ら考えだした名前。自分は今も、これからも、麻原彰晃という名で生きる。1年後もだ。この名前を捨てるのは、TSUTAYAのカードを作るときだけだ。

「さて・・重要なことについては、全て話した。後はマニュアルをしっかり見てもらって、ゲーム中になにか問題が発生したときにその都度質問してもらうという形をとってもらいたいのだが、どうだろう?」

「ああ。それでいい」

「うむ。では、支度金と持ち物を渡そう」

グランドマスターが、アタッシュケースを開けた。

「まず、これが現金200万円だ。財布も渡すが、全部は入りきらんだろうから、管理にはくれぐれも注意してくれ。娑婆に出た瞬間に不良少年にカツアゲされるなんてことにならないようにな。それから、これが携帯電話だ。君が娑婆にいた頃に比べて、随分小さくなっただろう?電話だけでなく、インターネットや動画が観れたりもする。まあ詳しくは、若い参加者を仲間にするなりして聞いてくれ。それから、三日分の着がえ。もろもろを入れるバッグ。最初に渡すのはこれくらいだ。あと、必要なものがあったら、200万円の中から自分で考えて使ってくれ。武器もな」

麻原は着替えを済ませる。考えてみればもう三十年近く、作務衣や囚人服など、浮世離れした服ばかり着ている。カジュアルなファッションに身を包むのは、宇宙服を着るような感覚だった。

「よし。身支度が済んだようだな。心の準備はできているかな?」

「ああ。血が騒いで仕方が無い。俺は必ず、生き残ってみせる」

「その意気だ。では、出発しようか」

麻原は刑務官に両脇を抱えられながら、拘置所の外へと出る。駐車場で目張りされたワゴン車に乗りこむ。車は一時間ほど走り、エンジンを止めた。都内のどこか・・・どこかわからない。

「着いたようだな。さあ、行くがいい、麻原君。健闘を祈る」

震えながら、車の外に足を踏み出した。武者震いだった。

凍てつく風が肌に突き刺さる。十年ぶりに浴びる直射日光が、糸のように細い瞼から覗く瞳を焼く。

麻原彰晃の自由をかけた戦いが、今、幕を開けた。
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