隣の席の西城くん

西城くんの知らないこと


私ですが。

口の中に甘さが残っていますが、疲れはとれていません。



トト先生の、資料整頓という名のお茶会・・・いや、お茶会という名の資料整頓だったなぁ。
とにかく、放課後の時間を丸々掃除で潰された私は、教室に教科書を忘れたのを思い出して取りに来た。


とうにみんな帰って誰もいないだろうと思っていた教室を開けたら、意外な人物がそこにいた。


「・・・あれ、西城くん」


いつもの席で、いつもの体勢で、でも今日はゲームじゃなくて携帯をいじっている。


「あ・・・お疲れさま」


まだ学校にいたの?よりも先に、お疲れさまと言うところは流石だ。
たぶん先生のところに居たことを知っていたんだろう。



「珍しい、いつもはすぐ帰るのに」

「んー・・・今日はまだ帰りたくないだけ」

「ふぅん・・・気になるけど聞かないから、今度自主的に話して」

「えっ、言わなきゃなの?」

「強要じゃないよ。もし話したくなったら、ってこと」

「・・・たまに突拍子もなく面白いこというよね」



ありがとう、と返しながら机を漁る。

お目当ての数学の教科書を見つけて、私は自分の席に座った。
案の定、隣のその人は首をかしげる。

・・・長めの前髪がサラリと流れた。



「帰らないの?」

「帰るよ、そのうち」


机に突っ伏す。
お茶会という名の掃除をしてきたためか、座ったら思った以上に疲れていることに気付いた。
おぉ・・・自覚した途端眠たくなってきた。


寝るのはまずい、と思い何となく西城くんに話しかける。



「西城くんの知らないことってなに?てか、知らないことあるの?」

「そりゃあるよ」



思ってたよりすぐにきた返答に、あぁ今日はゲームしてないからか、と納得して。



「それはなに?」

「・・・んんと・・・」



あ、唸ってる。

机に頬を付けたまま喋る私を見て、相手も同じように机の上に体を預けてだれる。

顔は伏せられていて見えないけれど、言うか言うまいか悩んでいるのがなんとなく分かったので、私は辛抱強く待つ。



そして、顔を伏せたそのままで・・・。



「呼び方」



ポツリ、呟かれた言葉を聞き返す。


「なんて?」

「・・・だから、」


相変わらず顔は見せずに。


「よーびーかーた」

「呼び方?」

「そう」


少しだけこちらに向けた顔には、ハッキリと「言いづらい」と書かれている。

珍しい表情だ、と眺めていると・・・小さく息をついた西城くんは、私と目を合わせた。



「僕は貴女の呼び方が分かりません」



・・・ほう。


「西城くんて、よく見るとかっこいいよね」

「話聞いてた?」

「聞いてた」


普段人と目を合わせない上に、一日の大半をゲームをしてすごしているその人は、意外と整った顔をしていることに気付かれない。
隠れイケメンってやつか。


「自己紹介するべき?」

「・・・衛藤弥生、さん」

「あ、知ってたの。なら、なんとでも呼べばいいのに」

「・・・」


そのなんとでもが分からないから聞いてるのに、とでも言いたそうな顔を向けられた。


「じゃあ、呼び捨てするけどいいの?」

「なら私も呼び捨てするよ」

「弥生」

「西城」

「待って」

「はい」


逸らされていた目が、再び私を捕らえた。



「ちょっと想像と違ったんだけど」

「気のせいじゃないかな」

「・・・僕の名前知ってる?」

「・・・・・・・・・・・・・・・ごめん」


しばらく沈黙したあと、盛大に笑われてしまった。
申し訳ないとは思うけれど、これはこれで大笑いする西城くんという珍しいものが見れて良かった。


「はぁ・・・・・・えと・・・西城龍生」

「たつき?」

「龍が生きるって書いて、たつき。すごい名前だよね」

「かっこいいね」

「・・・ありがと」



まだ笑いが残ってるのか、口許に手をあてながら可笑しそうにしている。



「龍生ね、龍生」

「・・・呼ばれ慣れてないから照れる」

「噛みそう」

「噛まないで」

「たつ」

「略さないで」


人の名前を初めて呼ぶときは、なんだかむずがゆい。


「西城くん」

「・・・今ちょっとホッとした」

「うん。やっぱり西城くんで」

「んー、まぁいいや」


西城くんの表情がいつもより柔らかいのは、なにか良いことがあったのか、他の誰も見ていないからか、ゲームをしていないからか・・・。


なんにせよ、私の眠気はいつの間にか飛んでいた。
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