闇の雨


 風にあおられて顔にかかる前髪を指で払いのけながら、瀬奈は胸がつぶれてゆく感覚をじわじわ感じた。

 ここにはいない……? でも……。

 電話に出るかどうか判らなかったが、もう一度連絡をとる為携帯電話を開く。すると突然、携帯電話が光り出し、着信を知らせてきた。

 ――お義母さん!

 サブディスプレイを見て慌てて携帯電話を開く。「瀬奈です!」

 少し荒い声で言った耳に、戸惑った様子の紗織の声が響いてきた。

「今、快が戻って来たわ」

「……えっ?」

「もう病院には帰らないって言ってるの。瀬奈ちゃん今どこにいるの?」

 快が戻って来た?

 紗織の言葉に安堵と驚きの感情が一緒に訪れる。

「あの……海岸です、近くの。さっき快に電話した時、風の音が聞こえたからここかなと――」

「そう、じゃあ多分、入れ違ったのね。海を見てたらしいわ。瀬奈ちゃん、急いで戻って来て。爽もすぐに戻るから」

「……はい」

 快が無事に見つかったと言うのに何だかスッキリしない。が、預けた優月の事も気になり、瀬奈は海岸を出て車に乗り、エンジンをかけた。珍しく、何とも言えない黒い感情に胸を支配されていた。

 ――どうしてあたしに何も言わないで、一人で帰ったんだろう?

 快が無事に帰宅して来た事がなぜか素直に喜べない。いつも自分が一番だったはずなのにと、瀬奈は思った。

 どうしてだろう。快が無事なのに苛々する。

 育児疲れなのか寝不足のせいなのか、とにかく瀬奈の中で、今までとは"何か"が変わっていた。



「お帰り瀬奈ちゃん」

 帰宅した瀬奈を出迎えたのは紗織だった。

「優月ちゃんなら今、快の側で寝てるわ」

「そうですか。……ありがとうございます」

 何だか腑に落ちない感情を引きずったまま紗織にそう言い、リビングに向かう。そこには耕助と爽が複雑な表情でソファに座っていた。

「お帰り」

 爽が瀬奈にそう声をかける。耕助も瀬奈に視線を向けた。

「お義父さん、爽ちゃん、ごめんなさい」

 優月の事や快の事をまとめたつもりの第一声に二人が黙って首を縦に振る。

「僕たちこそすまない。まだじっとしてなきゃならない体の君に行かせて……。快なら優月と部屋だよ」
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