闇の雨


「あ……」

 隼人に気付いた瀬奈が思わず食事の手を止め、隼人を見た。

「いい加減、何がどーなってんのか教えろよ」

 心配と、少し怒りのこもった声で隼人が言う。瀬奈は戸惑いの表情で思わず菖蒲を見た。
"教えてあげなよ"

 瀬奈の視線に菖蒲が視線でそう返す。

「山科くん」

 瀬奈は小さくうなずくと、菖蒲から視線を外し、隼人を真っ直ぐ見た。

「ずっと黙っててごめん。あたしから聞くより、快から聞いた方がいいかなと思って……」

 瀬奈の言葉に隼人が口を真一文字に結ぶ。瀬奈が話をしやすいよう、菖蒲が少し、二人から離れた。

「快からは……どこまで聞いてる?」

「具体的には何も。体調が悪いってだけしか聞いてねー」

「そう」

 瀬奈がそう言うと、隼人が彼女の横に胡座をかいた。

「あのね――」

 そう言って瀬奈が話し始めると、話を聞く内、少し怒り気味だった隼人の表情がみるみる深刻なものへと変わっていった。

「そうか……。あの……」

 話を聞き終えた隼人は、瀬奈の予想通り、困惑の表情を見せた。その表情に、瀬奈も思わず深い溜め息をついた。

「一応どうだったか、今から快にメールしてみるけど、返事はないかも……」

「うん」

 瀬奈がそう言って携帯電話を開くと、タイミングよく、メール着信音が鳴った。

「あ……」画面に"快"の文字。瀬奈は慌ててメールを開いた。

「嘘……」

 少しして、メールを見た瀬奈の唇から、小さく言葉が漏れた。そして顔を上げると、隼人を見た。

「快……うつ病と、不安神経症だって……」

「うつ病?」

 瀬奈の言葉に、隼人が不思議そうな顔をする。開いたままの瀬奈の携帯電話の画面に表示されている"うつ病"と"不安神経症"の文字。ザワザワと、二人のいる木陰を風が吹き抜けた。



 その頃、快も病院前の並木道で、同じ風に、伸びて少し長くなった茶色の髪をなびかせていた。

 ――うつ病、不安神経症。
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