闇の雨


 時計の秒針が静かに時を刻む。その機械的て無機質で規則正しい音が響くリビングで、快と爽の視線が一心に紗織に注がれた。

「実は……」

 息子たちの視線に応えるように紗織がポソリと口を開く。兄弟は黙って母親の話に耳を傾けた。



 快たちが紗織から自分の出生話を聞いている頃、瀬奈は警察署の安置所で、愛美や英明、耕助と一緒に、変わり果て、遺体となった結奈と対面していた。

「……腹部と胸部に数か所、刺し傷があり――」

 若い刑事が淡々と遺体発見状況を皆に語っている。全員、黙ってその話を聞いていた。

「側で亡くなっていた男性の遺体の状態や、結奈さんの腕に残されていた防御傷等から、犯人は彼に間違いなく、結奈さんを殺害後に自殺を図ったものと考えられ、彼の携帯に残されていたメール等から、二人が交際していた事や、金銭絡みのトラブルが生じていた事実が――」

 刑事の話が終わり、愛美が右手で口をふさぐ。安置所の寝台に横たえられた結奈は、付着していた血液等を綺麗に拭かれ、首元までしっかりとシーツがかけられていた。

 耐えられなくなったのか、愛美が英明の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らし始める。が、瀬奈は対照的にとてもクールな瞳で、遺体となった姉を見下ろしていた。

 ――いつか、こんな事になるんじゃないかって思ってたよ。

 耕助の横に立つ瀬奈の瞳に涙はない。瀬奈は嗚咽を漏らし続ける愛美を横目で一瞥した後、刑事の方を向き、深々と頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました。すみません。ありがとうございました」

 泣き出してしまった愛美に代わっての言葉のつもりだったが、その言葉で、安置所の空気が色を変えた。

「瀬奈……!」

 冷静な言葉に、それまで夫の胸で泣いていた愛美がパッと顔を上げ、瀬奈を睨み付ける。愛美は英明の側を離れると瀬奈に近付き、思い切り平手打ちした。

「結奈が殺されたってのに、あんた、そんな事しか言えないの!?」

「愛美!」

「愛美さん!」

 驚いた英明と耕助が思わず声をあげる中、瀬奈は依然変わらずクールな目で、指で乱れた髪を直した。

「悪いけど……同情できないよ」涙で顔がびしょ濡れの愛美に、冷ややかに瀬奈が言った。

「お姉ちゃんが今までどんな事してきたか考えたら……同情できないよ」

「瀬奈ちゃん……!」

 瀬奈の隣で耕助が言葉を詰まらせる。愛美に対しては少し違うが、瀬奈の中で、結奈に対する情愛は既に消滅している。それは遺体となった結奈と対面しても、復活する事はなかった。
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