史上最低のハッピークリスマス

 まさか、ここに誰かと一緒に来るなんて、思ってもみなかった。

 微かに潮風が香る海の近くの公園。

 振り向けば、遠くには都会のビル群の夜景が広がっている。

 麻子は昔ここで、付き合っていた男にフラれた事があるのだ。

 音楽の勉強をやりに海外に移住するから、と。

 それが、5年前の12月23日だった。


「明日は麻子の誕生日なのに、ごめんな。本当は毎年こうやって、お祝いしてあげたかったんだけど…やっぱり俺、夢を諦められない」


 キレイな別れ文句ではあったけれど。

 それが、麻子にとって大きな枷となる。

 だから毎年、ここに来てしまうのだ。

 今年も、あの人は来ていなかったけれど。


「なぁ、麻子」


 手摺りにもたれかかり、正幸は夜景を仰ぎ見ながら言った。

 麻子は、正幸の方に顔を向ける。

 すると、小さな包みを差し出された。


「何、これ?」

「プレゼント。日付が変わったから、な」


 正幸の腕時計を覗き込むと、ちょうど深夜0時を過ぎたところだった。


「…正幸…ホント、何しにここに来たの」


 苦笑しながら、麻子はそれを受け取る。


「本音はな。前の男なんて忘れろ! って言いたかったんだけどな。あんな事件に巻き込まれちまったし…」

「最悪な1日だったわよ」

「俺、ホントどうしようかと思った。麻子に何かあったら…」

「………」


 正幸は、こっちに向き直る。

 そっと麻子の肩に手を置いて。


「どれだけ麻子が大事なのか、分かった」


 顔が上げられない。

 寒い筈なのに、顔が火照って仕方がない。


「前の男の事は、忘れろとは言わないよ。だけど、今年からは俺がここで、麻子の誕生日を祝ってやるよ」

「………」


 麻子は、言葉が出て来ない。

 だけど麻子の気持ちの中では、もう答えは出ている。

 あんな事件に巻き込まれても、何故自分が冷静でいられたのか。

 正幸が近くにいるだけで、何故安心出来たのか。


「正幸」


 ようやく顔を上げて、麻子は真っ直ぐに正幸を見上げる。


「来年も…ここに、一緒に来てくれるかな?」


 心から素直に、そう言えた。

 正幸は、笑顔を作る。


「あぁ、来年も…その後もずっと…な」


 抱き寄せられる。

 その温もりに、麻子はゆっくりと目を閉じた。

 

 
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