普通に輝くOL
翌日もどの部署も慌ただしい様子で、郁香は営業と管理の両方の部長の仕事を請け負っていた。

その中で、古いマンションと出て行かない住民の話題が目に留まった。


(これって・・・直登さんが言ってたマンションのこと?)


3世帯のお年寄りの平均年齢が86才。

ひとりは身寄りはいるが、独身の甥が外国にいるだけで生活に接点がないおじいさん。

ひとりは身寄りは誰もいないし、足が悪く職もつけずに生活保護を受けているおばあさん。

夫婦で住んでいることになっているが、じつは事実婚でお互い身寄りはあっても会うことがないといっている。


残った人たちは会って長く話すというつきあいもしていないが、顔を合わせればちょっとした世間話を5分程度するくらいの間柄ということだった。

しかし、暗黙の了解かお互いがあの人たちがいるんだから、ここでがんばろうとお互いを刺激し合ってやってこれたと言う。



(一言も言葉も交わさない身内、顔も知らない身内より、ちょっとだけ話せて近くにいる人って大切な場合ってあるよね。

私も、肉親なんてもういないと思っていたけど、おじいちゃんの存在を知って、そのつながりから花司の人たちとかかわって・・・そして、つらいことがあったら相談したりして。

引っ越したくない。って気持ちはわかるなぁ。
だけど、そのままだと災害でも起これば命の危険が心配だし。)



そんなことを気に留めているうちに、あっというまに夕方になってしまったような多忙な日だった。

(さて、そろそろ帰ろう。

藤子さんがきてる頃だわ。)



郁香は直登の運転手に先に家まで送ってもらい、藤子といっしょに夕飯の支度をした。


直登に帰る前にメールを送ると、1時間ほど遅れると返事があって先にもどってきたのだった。



「藤子さんと台所にまた立てるなんて、ほんとに久しぶりでうれしいわ。」


「まぁ・・・そういってもらえると私もうれしいわよ。
清登さんから事情はきいていたけど、別宅を買ってしまわれたなんて、びっくりしました。」


「わがまましちゃったかな。ごめんね・・・でも私・・・。あの邸で結婚なんて言われたら、困ってしまって・・・。」


「いちばん男性から見つめられる年齢ですものね。
郁香さんは真面目で美人だから、男性から言い寄られるのも当然でしょうけど、あの兄弟にいっぺんに・・・はおつらいですよね。

どちらを選んでも険悪でしょうし・・・彰登さんは見た目よくて年齢は優登さんより上でも、性格や考え方は幼いように思いますね。

その点、直登さんはたくさん苦労をなさってこられていますし、女性アレルギーがなければ名実ともに女性が放っておくはずがないです。

でも、郁香さんにはアレルギーが出ないなんてねぇ・・・ふふっ。」


「な、なんですか?藤子さんもこの同棲って変だと思うんでしょう?
私はひとり暮らしでもともとやってこれたんですから、わざわざ直登さんがいっしょにいてくれなくてもいいと思うんですけど・・・直登さんは私がまだまだ子どもだとか言って・・・。」


「まぁ、どこから見ても郁香さんは立派な女性だと思いますけどね。
私が夫に嫁いだ年と1年違いですし。
きっと直登さんからみて、郁香さんは子どもとは別の意味でとってもかわいいのですよ。」


「そ、それ誤解される発言だから・・・藤子さん。
直登さんは確かにかわいいもの好きだけど、私がその仲間ってわけじゃないでしょうし。」



ガタ・・・ガタガタ・・ガチャ



「あ、噂をすれば直登さん・・・お迎えしてきますね。」


「ええ。・・・藤子さんが直登さんのことがかわいいのね。
昔で言うと乳母みたいな関係だったみたいだし・・・。」



「きゃあああああーーーー!郁香さぁーーーん、助けてくださあい!」


「藤子さんどうしたの?」


「な、直登さんが・・・玄関で倒れてしまって・・・。」


「なっ、直登さん!!しっかりして。すごい熱だわ!!
やっぱり、昨日の顔色の悪さは疲労と過労のせいだったんだ。

藤子さん、直登さんの着替えを準備してて。
私は運転手さんを呼んでくる。
すぐに病院へ連れていかないと。」


運転手に手伝ってもらって直登を車にもどしてもらうと、郁香と藤子も車に乗り込んで、病院へと急いだ。

緊急で診察をしてもらうと、過労から風邪をこじらせた結果だということで4日ほど入院することになった。


「う・・・うーーーん。・・・あ、ここは・・・どこだ?」


「直登さん、気がついたのね。ここは病院よ。入院したの。」


「僕が入院・・・。そっか。玄関でいいにおいがして、倒れてしまったんだった。」
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